経営統合を通じて生まれたone meijiと課題意識
もともと採用で日本トップクラスの人気を誇る株式会社明治さんですが、どういった背景から「人財戦略」と「経営戦略」をより一層つなげる必要があると考え始めたのでしょうか。
人財開発部 部長 山口 恭子(以下、山口):まずは、明治グループの沿革についてお伝えさせてください。1916年に創業した明治グループは、長年、明治製菓株式会社と明治乳業株式会社に分かれていましたが、2009年に共同持株会社「明治ホールディングス株式会社」を設立し、改めて1つの明治グループとして経営統合しました。後に事業再編を行い、「株式会社 明治」からなる“食品セグメント”と、「Meiji Seika ファルマ株式会社」「KMバイオロジクス株式会社」からなる“医薬品セグメント”の2セグメント体制にて、食と薬をもつユニークな企業グループとして事業活動を行っています。
経営統合・事業再編以降、明治グループでは、グループとしてのアイデンティティの確立、全社一体となって企業成長を目指す中長期の方針としてグループビジョンを掲げ、社内外へのコミュニケーションを行っています。
経営統合・事業再編直後に掲げた「2020ビジョン」では、One meijiの精神を掲げながらも、食品事業・医薬品事業それぞれにおける事業成長を中心とした戦略目標を策定していました。その後しばらくすると、両セグメントそれぞれが着実に事業成長を重ねる一方、サステナビリティを中心とした世の中潮流への対応遅れ、当社グループの存在意義の希薄化が課題感として浮き彫りになり始めました。そこで、グループ一体となった成長を改めて志向し、2017年に「事業・サステナビリティ・経営基盤」を3本柱とした新たな戦略方針「明治グループ2026ビジョン」を策定しました。
2026ビジョンで掲げる「経営基盤ビジョン」の具体施策として、グループ経営を行う中枢機能としてチーフオフィサー制を導入し、CEOのもと、経営資源の配分をグループ全体で俯瞰して考える体制を整えています。
人事領域においても、戦略機能をグループ横断で行うべく、2021年にグループ人事戦略部を新設し、2023年4月にはCHROを設置しました。以降、経営戦略に基づく人財戦略の策定を急ぐ中で、「明治グループに必要な人財」を改めて考える機会が生まれました。これまでは、各事業を推進する視点での採用、育成を行ってきましたが、今後「明治」としてグループ経営を担える人財をどう育てればいいのだろうと、悩みを抱えたのです。
人財開発部 人財開発グループ長 守谷能力開発センター長 馬路 雄太(以下、馬路):かつて、2009年に明治製菓と明治乳業を経営統合したときに、「one meijiになろう」という意識が社員にはたらきました。これ自体はグループ内で素晴らしい結束力を生みましたが、内向き志向になってしまった側面もあります。
「気づけば10年、世間の足並みから遅れてしまっていた」というのが、私たちの実感でした。従来、明治グループの採用方針はモノカルチャーに近く、似た価値観のメンバーを採用していました。似た価値観のメンバーが同じ方向を向いて努力することで、「明治プロビオヨーグルトR-1」をはじめとする、大ヒット商品を生み出せた側面もあります。
ただ、その一方でサステナビリティ、働き方改革、女性活躍推進、D&I、キャリアオーナーシップ、人的資本経営といった、人事領域のめまぐるしい変化に遅れを取ってしまったのです。取材をお受けしても、最近の取り組みについてお話できないことに、危機意識を抱きました。
現在では、明治ホールディングスが全体の人事戦略を立案します。そして、各事業会社は採用や研修など、具体的な施策を考え、実行していく立場です。ただ、単純にトップダウンで明治ホールディングスから施策が降りてくるわけではなく、我々側から提案することもあったり、横展開したりすることもあります。このように、各社が自律して個別施策を展開しており、この状態は続けていきたいと思っています。
「キャリアとは何か」の段階から社員へ
キャリアオーナーシップを浸透させる取り組み
直近の株式会社明治さんでは、どのようなお取り組みをされていますか?
山口:先程の横展開になった事例ですと、「アンコンシャス・バイアス研修」があります。アンコンシャス・バイアスとは、人が無意識のうちに抱く偏見のことです。たとえば「医師」という単語を聞いたら、つい男性医師を想像してしまうとか、工場でお知らせを壁に貼るときに、つい日本語だけで書いてしまい、海外スタッフのことを無視してしまうケースなどが、アンコンシャス・バイアスにあたります。
明治ではこれを「アンコン」と略して呼んでいて、「これってアンコンだよね」と言うことで、偏見に気づき、変えていっています。研修も導入したのですが、これを外部研修ではなく自社オリジナルの内容にしたところ、身近な例を挙げることができました。撮影も自社で「こういうアンコンがあるよね」と話しあい、研修プログラムができました。さらに、社員が演じて撮影することによって「おもしろい」と感じてもらえたのか、研修を受けさせられるといった受け身の姿勢から、学んでみようという前向きな姿勢へと変わりました。
これらの結果、研修の理解度を測定するスコアは90%以上と高く、グループ会社へ横展開することとなりました。
馬路:2022年からは、キャリアオーナーシップについてもさまざまな取り組みを開始しています。明治の強みは長年のモノカルチャーに伴う、「言われたことをきちんとやる強み」でした。そのため、社員は採用への応募時から「明治とともに生きる」ことを考えてくれています。あえて悪く言うならば、「自分のために生きるキャリア」というものをあまり考えたことがなかったのです。
そのため、私たちはゼロからのキャリアオーナーシップの育成をスタートしました。まずは最初に認知度を上げるために、「キャリアとは何か」を解説する研修動画を作り、社員に見てもらいました。そこから追って、説明会を実施しています。
また、キャリアシートも改変しました。これまで、弊社のキャリアシートは異動希望を書くだけの簡素なものでした。それを、キャリアパスを考えていただくものに変えています。具体的には「自分の強み」「価値観」といった項目を設置し、年1回は上司と面談していただくようにしています。
明治さんはこういった施策を取らなくても人気企業であり、離職率も日本平均の1/3以下です。どうしてそこまで人的資本経営、そしてキャリアオーナーシップ育成を始めようと思われたのでしょうか。
山口:明治グループが持っている福利厚生や育成環境については、社として人財育成を考えるならば、準備して当たり前のものだと思っています。ただ、そのうえで更に上を目指したいというのが本音です。
特に、キャリアオーナーシップを育成しようとなったタイミングで、弊社の課題として挙がったのは、社員と経営陣の距離感でした。そのつもりはなくても、経営層が「どこか遠い人」になってしまっていて、このままではどんなメッセージを発信しても、伝わらないなと。それで、人財開発部から社長へ提言しました。現在は社長をはじめ、取締役以上の方は全員が、工場や各事務所へ訪問し、タウンホールミーティングを行っています。「まずは、やってみよう」の精神です。
馬路:もともと明治グループでは、乳児用ミルクや、お子さま向けのワクチンも扱っています。 スローガンで「健康にアイデアを」と掲げているならば、社員も健康であるべきだと考えています。ですから、いわゆる育休、産休、介護休暇をはじめとする、Well-being(ウェルビーイング)の推進は必須事項でした。
一方「必ず育休を3年取るべき」といった、プレッシャーにもならないよう気をつけています。早く戻りたい人は戻ってもいい、時短を選びたければそうしていい。第一子と第二子で、性格の異なるお子さんが産まれることもあります。お子さんやご自身の成長にあわせ、自分のキャリアを選べるよう、ダイバーシティを担保していきたいです。
キャリアオーナーシップを育てるために、
現場第一線の方も実践しやすい施策を
行動指針”meiji way”のもと、「卓越した専門性と組織力を活かすことで、創造・革新的な課題を自ら設定し、やりぬく人財」を社員のあるべき姿として掲げていらっしゃいます。この人財像を社員に浸透させるために、今後どのような取り組みをされたいでしょうか。
馬路:正直に申し上げると、まだ「はじめの一歩」の状態です。経営統合によりmeiji wayを含むグループ理念体系が誕生したとき、その理念を職場に落とし込み、「あなたが携わるお仕事のなかで、どんな業務・行動がmeiji wayに合致していると思えますか?」と考える時間を設けました。ですが、その後は何のフォローアップもできていません。現状はまだまだ。だからこそ、これから浸透・定着に向けてチャレンジしていきたいと考えています。
山口:キャリアオーナーシップを考えるうえで、工場の方にも「はたらく喜び」「ここにいる意義」を感じていただきたいと思っています。工場はその性質上、どうしても「言われた通りに製品を作る」ことが認められやすい環境にあります。その環境であっても、何をモチベーションとして抱いていただくかを考えました。
まず昨年、いくつかの工場を選んでアンケートを実施しました。そこで、工場勤務の方のやる気につながる要素を伺ったところ、以下がトップ3に挙がりました。
1位 自分で工夫したことが業務で生きたとき
2位 高い評価を得られたとき
3位 ありがとうと言われたとき
そこで、まずはリーダー職のみなさんへ「ありがとう」を積極的に伝えるよう、研修を実施しました。そして、全メンバーが「ありがとう」を伝えあう関係性を築けるよう、呼びかけてほしいとお願いしたのです。
馬路:また、お互いを評価しあう仕組みを作るためには、お互いの職務を知る必要があると考えました。「工場のことは工場の人しか知らない」「営業は営業のことだけ考えていればいい」といった思想から、脱却しよう。すべての仕事は巡り巡って、お客様に繋がっている。その相互理解を深め、互いの業務へ高い評価を与え、尊敬しあえる場にしたいと考えています。
互いの業務を理解すると言っても、堅い研修よりも懇親会のような、やさしい交流を意識しています。フランクに話すことでお互いの立ち位置を理解し、「あの人は、製品のここで頑張ってくれているんだな」と感謝しあうことで、仕事にやりがいを感じていただきたいです。
山口:こういった、風土改革施策はボトムアップで考えています。施策を考えるとなったときには、工場も含め、多数の職場から46名が集まってきてくれました。うち24名で風土改革プロジェクトを発足し、現在は課題の洗い出しを行っています。
まだ議論のさなかではありますが、「縦・横・ナナメに柔軟なコミュニケーションを取る仕組みがほしい」「心理的安全性を高め、売上・利益へ貢献するために、上司へも率直な相談をできるようにしたい」という2点において、これから施策を考えたいところです。
達成率は2割。
厳しい自己評価と、さらなる人財育成への挑戦心
「明治グループビジョン2026」が求める人財像を考えたとき、現時点でどの程度目標に近づけているのか教えてください。
馬路:個人的な感覚で申し上げますと、2割です。まだ、何が課題かを洗い出しながら、模索している段階ですから。まずは「人事が社員のウェルビーイングを考えて、いろいろやっているな」と認知してもらうことからはじめたいです。その後、制度設計を行い、実施した結果からさらに学び、質を上げる。そこまでできて、ようやく採点可能になるかなと。
とはいえ、株式会社明治は2023年7月のリリースで、キャリアオーナーシップを支援するために「50代キャリアデザイン研修を社員400名以上へ実施」など、一定の成果を出されていますよね。
馬路:確かに、リスキリングについては一定の成果が出ています。50代のキャリアデザイン研修・面談を実施したのちは、社内の手挙げ式の研修を受講する方のうち、50代社員の構成比が前年比で約2倍となりました。
研修後の個別のコメントとしても「過去から今があり、未来があるという連続性をキャリアで初めて意識した」といった言葉をいただいています。
一方、「キャリアオーナーシップの必要性は理解したが、これから自分がどう行動を起こせばいいかわからない」といった、次の課題も明らかになっています。そこで、人事から提供できるフォローアップ施策として、50代以上を対象にしたデジタルスキルの研修を作ったところ想定を上回る応募がありました。また、前述の手挙げ式の研修への応募者もぐっと増えました。こういった、実施してからの変化を反映し、さらなるブラッシュアップを狙いたいですね。
山口:明治グループが意識しているキャリアオーナーシップとは、「自分がどうなっていきたいかを描き、それに向かって自走できる」姿です。明治は、優秀な社員が多い。商品への愛もあります。入社時はキャリアオーナーシップがあった方も多いはずです。
ですが、それを今の社風が阻んでしまっています。仕事でこれをやりたい、と語ってくれた社員に対して、いいね、と声をかけ、実現へのステップを提供する。そういった文化がまだ足りていないように感じています。ですから、現在すでにいらしてくださる優秀な方たちが、「あのときの気持ち」を思い出し、自分が描いていた理想の自分に近づけるよう、人事として頑張っていきたいですね。
構成:伊藤 ナナ・杉本 友美(PAX)
企画:伊藤 剛(キャリアオーナーシップ リビングラボ)