脱炭素を目指す中で、三菱重工に求める人材の要件が
多様化した
三菱重工さんは、中期経営計画の一貫として2040年までにカーボンニュートラルを目指す「MISSION NET ZERO」を宣言しています。火力発電や交通システム、ロケット開発を担う企業として野心的な決断ですが、その中で自社へ求める人材像は変化したのでしょうか。
HR改革推進室 副室長・川島 秀之(以下、川島):まずは、MISSION NET ZEROに至った背景を説明させてください。三菱重工グループの事業環境は、これまでにない複雑さに直面しています。われわれの扱う製品の全てが、気候変動、急激な都市化、少子高齢化の影響を受けるからです。特に、サステナブルな地球との共存を目指す、脱炭素(カーボンニュートラル)は当社の大きなミッションとなっています。
そこで生まれた経営戦略が、MHI FUTURE STREAMです。
ここで注目していただきたいのが、図の左下にある「不確実性は高いが、インパクトの大きい最先端領域の技術を探索」する部分です。これまでリスクをなるべく低減させながら、繊細かつ丁寧な対応で成果をわれわれは達成してきました。しかし、これからはリスクを適切にマネージしつつ、変化に適応することが求められます。
こういった経営戦略の変化は、採用や人材育成戦略の変化にも直結します。これまでは言われたことに対し、忠誠心と義務感で職務を全うする、責任感の強い人材が求められてきました。しかし、これからのカーボンニュートラルを目指すうえでは、従来の素養に加え自らの内発的な意志で動き、さまざまな施策へ挑戦できる人材が必要とされます。
カーボンニュートラルを目指す、という大目標はあっても、そこに至る施策は多面的で、小さな挑戦の積み重ねになるでしょう。そのため、「やったことはないけれど、挑戦しよう」と言える人材が必要となってきたのです。
これから採用する人材の採用基準を更新していくことはもちろん、今いる社員へどう内発的なモチベーションを高め、働いてもらうかは、人事として大きな課題でありました。そのような背景から、私が所属する「HR改革推進室」も生まれました。
HR戦略部 次長・谷浦 稔(以下、谷浦):カーボンニュートラルを実現できる人材を考えたとき、当社では4つの「人材戦略」を定めました。4つとは、以下のとおりです。
- 次世代の経営幹部にふさわしいリーダーシップの育成
- カーボンニュートラルの実現に必須となる人材獲得・育成
- 組織のプロセス高度化による、意思決定の速度と質の向上
- 事業を支える従業員のエンゲージメント向上
その中でも、今回お話しさせていただくキャリアオーナーシップに最も関係が深いのは、4番目のエンゲージメント向上ではないかと思います。
いち早くエンゲージメントをスコア化し
「一人称で働く」人材を育成開始
エンゲージメント向上への取り組みが生まれる前は、どのような課題感を持っていらっしゃいましたか。
谷浦:私たちは、2017年から社員のエンゲージメントをスコア化し、計測しています。経団連がエンゲージメントに着目したのが2019年ですから、それよりも早期に着手したことになります。当時、米ギャラップ社の調査では「熱意あふれる、エンゲージメントの高い社員」の割合が日本においてわずか6%と、139カ国中132位のスコアを出していました。こういった背景を踏まえ、いち早く社員のエンゲージメントを上げるための取り組みを開始したのです。
川島:エンゲージメントの向上への取り組みは大きな改革というよりも、もともとあった課題意識に基づき、自然と生まれたものとも言えます。先述のカーボンニュートラルを目指すうえで、従来は製品の設計開発・製造・販売が中心であった当社の事業領域が、アフターサービスやオペレーション等も含めたバリューチェーン全体のソリューション提供に変化し、スタートアップ企業等も含めた他社とも協業しながら社会へ貢献する形へと拡大してきました。この様にビジネスが複雑になる中で、その変化に対応できる、モチベーションの高い社員を育成したいとの思いがあったからです。
元々、当社には社会貢献を目的に入社してくれている社員が多くいました。しかし、入社後は自発的な意志(Will)もさることながら、組織としてのあり方(Must・Can)を優先するようなキャリアのレールを敷いてきたかもしれず、そのギャップに悩む社員もいたと思います。ですが、これからは自律したキャリア形成を社としても支援することで、会社への貢献と個人としてやりたいことを両立してもらいたい、という意識があります。
実際に、2017年から比較して現在のエンゲージメントはどのように変化したのでしょうか。
谷浦:2020年と今年を比較したデータですと、エンゲージメントに関して計測している14項目のうち、13項目で改善が見られました。特に向上したのは、以下のスコアです。
- 戦略・方向性 +9ポイント
- MHIグループについての理解 +5ポイント
- リーダーシップ +4ポイント
- 協力体制 +4ポイント
- 業務プロセス・組織体制 +4ポイント
きちんと伸びなかったスコアについても目を向けますと、福利厚生については残念ながらマイナスとなりました。これは、社宅・寮の利用を以前より制限したことが背景にあります。そういった致し方ない面での変化を除けば、全体的には社員のエンゲージメントが上がっていることを、ありがたく感じています。
川島:現在、エンゲージメント向上施策については一定の成果が見込めていることから、今後も施策を継続していく方向で進めています。スコア向上に貢献した施策の一つは、社長のタウンミーティングです。
もともと当社は「重厚長大」なイメージとは裏腹に、ボトムアップの文化を持っています。社長が今回、タウンミーティングで自律的なキャリア形成の重要性について語ったことも、上層部から現場へ押し付けるというより、社員へ1対1で語りかける意味合いが強くありました。
特に、社長の「一人称で働く」という言葉は、キーメッセージとして強調されています。「誰々さんが言っていたから、こうする」ではなく、自分が社のため世の中のためにこうすべきだと考えて、働く。それができれば、三菱重工はもっと成長できるという考えです。
人事部門が率先して施策をテストし、全社へ広めていく
2022年には人材育成方針として「自律・協働・挑戦」の価値観を大事にするよう発信していますね。具体的には、どのような取り組みを通じて「自律」を実現されようとしていますか。
谷浦:前提として、「自律・協働・挑戦」のミッションを周知すべく、社員向けポータルサイトや、研修プログラムでは必ず動画でこのミッションを都度発信しています。人事部門が何のためにさまざまな施策を行っているのか、知ってもらうためです。
具体的な施策としてはまず、上司と部下の対話を促進しました。三菱重工では従来から上司と部下で1対1形式にて、キャリアについて話し合う会議を設定しています。この対話ですが、従来はどうしても業務上の進捗確認に終始しがちでした。それを2021年からは、積極的に「WILL・MUST・CAN」つまり、自分がやりたいこと・自分がやるべきこと・自分がやれることの枠組みを使って共有してもらうようにシステムを変えました。
2021年度は、このキャリアデザイン面談を12,000名へ実施しています。さらに、部下へのキャリアマネジメントができるよう、同年は管理職向け研修を2,400名に行いました。
また、「多面評価」という、いわゆる360度評価を始めました。上司だけが部下を評価するのではなく、同僚や、さらにその部下からの声も集めて人材評価を行う。これにより、忠実な社員としてだけでなく、自律的なリーダーシップを身に着けてもらいたいと考えています。
また、自走できる社員になれるよう、若手社員向けにオンボーディング支援を行っています。新卒採用ページにも記載しているとおり、実のところ当社は、若手に大きな仕事を任せる文化があります。入社3~4年目の社員へ、世界最大級のCO2回収プラント設計を任せる事例もありました。こういった立ち上がりを支援すべく、社員ごとの個性と、本人の心理状態を可視化できるツールを導入しました。そして、上司が悩みをタイムリーに聞けるよう支援しています。特にコロナ禍で上司と部下の接点が減ってしまった際、社員のエンゲージメントを向上するうえで役立っています。
私自身もこういった取り組みを通じて、自分のキャリアを考えるようになりました。「人事はここからここまでが仕事」と割り切るのではなく、自分が人事を通じてどう会社全体のミッションを叶えていくか、主体的な考えで仕事に取り組めていると感じます。
すでにグループ全体へ意欲的な取り組みをされている三菱重工さんですが、これからを見据えた計画はございますか。
川島:人事部門では「HRから変わって・HRが変えていく」をテーマに掲げ、さまざまな施策を仮説検証しています。代表的なものでは、以下4つを始めました。
- 部門内のオンライン勉強会「HRラーニングカフェ」
- 日替わりで社員の自己紹介が見られる「オープニングメッセージ」
- データの可視化を試みる「HRデータダッシュボード」
- 管理職がこれまでの経験を自己開示する「キャリアシェアシート」
これらの取り組みにより、人事部門でエンゲージメントスコアが上がりました。先述のとおり全社でエンゲージメントスコアは上昇していますが、人事部門では特に、「社員を活かす環境」「成長の機会」「部署間協力」のスコアが顕著に上がったことから、これら施策の効果を実感しています。
何よりも嬉しいのは、こういった取り組みの提案がボトムアップで出ていることです。私たちが決めた取り組みに従ってもらっているのではなく「こうしたらもっと面白いのではないか」と、現場が声を上げてくれるのです。
これらの取り組みが評価され、「日本の人事部 HRアワード2023」で当社人事部門を表彰していただけました。人事関連で最も権威ある賞をいただけたことを、誇りに思います。
キャリアオーナーシップを全社員に根付かせるための
野心的な取り組み
すばらしい成果を挙げられているのですが、そのためにどのようなヒアリングをされているか、興味があります。三菱重工さんほどの大企業ですと、現場の声を経営陣が聞くのも一苦労、といったイメージがありますが、現場の声を吸い上げるためにどのようなお取り組みをされていますか。
川島:人事部門のトップを含め多くの管理職やHRBPが、全国の事業所をめぐっています。実際に私たちが話を聞くと、現場の悩みや課題が横断的に見えてきます。そこで挙がった声も反映しながら施策を実現すれば、「これなら伝える価値がある」と思ってもらえて、さらに語ってもらえる良い循環が生まれるというのが、私たちの考えです。
キャリアオーナーシップ、すなわち自律したキャリアを形成するうえで、苦労されていることはありますか。また、それを乗り越えるために挑戦されていることはありますか。
谷浦:どうしても、キャリアオーナーシップとは、希望する部署に異動することや、勤務地の希望を叶えることと思われがちです。もちろん、部署異動や勤務地も含めてのキャリア形成ではありますが、それだけではない。自分がやりたいことと、組織のミッションを接続して生きていくこと。自発的に取り組み、提案するモチベーションを作ること。これがキャリアオーナーシップであると、お伝えすることに苦労しています。
川島:その打開策として、さまざまな取り組みを増やしているとも言えますね。まず、社内(グループ)広報誌の『Global Arch(グローバル アーチ)』において、ちょうど今年10月にキャリア特集を組みました。人事部門から一方的にキャリアのあり方を伝えるのではなく、さまざまな部署や社員にヒアリングし、今後も社員の生の声をお伝えしていきます。
発信するだけでなく、人事制度でも新たな取り組みがあります。まず、国内・海外派遣プログラムの導入や拡充です。若手を対象にしたプログラムで、三菱重工グループ内で部門や国を越境して経験を積める研修制度です。
たとえば、日本国内でロケット製造に関わっている社員が、海外プロジェクトに参画してみる。あるいは、R&Dの方が、事業部門の営業を経験してみる。そういった、リスキリングに近い国内の社内越境プログラムを本年度からスタートしています。
海外向けの派遣制度は10年以上の歴史がありますが、前回の募集から職場推薦ではなく対象者本人の自薦式に変更したことで応募者の裾野が広がり、本年度すでに50名弱の社員が国内の部署から海外の現地法人やプロジェクトへ派遣され、活躍してくれています。
重工業という業種を考えると、越境の難易度は他業種よりはるかに高いように思われます。たとえば、火力発電プラントの設計を担当していた方が、いきなりロケットを作る部門に異動されても、なかなか順応に時間がかかるのではないでしょうか。
川島:確かにそういう面はあるかもしれませんが、組織・個人ともに得られるものは多いと考えます。
越境は、二つの軸で考えることができます。「製品・事業」と「職種(専門性)」の二軸です。前者が発電プラントやロケット、後者が設計や営業にあたります。製品や事業を跨ぐ越境においても、職種を跨ぐ越境においても、組織と本人の双方に新たな気付きが生まれることが多々あります。そこで我々は様々なチャレンジの機会を社員に提供しています。
たとえば、発電プラントの開発をしていた社員が、同じ発電プラントの営業の最前線を経験してみる。そうすると、同じ製品を扱っていたとしても多くの新たな視点を手に入れられます。こういった知見を越境後に持ち帰ってもらえれば、多角的な視野をもち業務を遂行できる人材へと成長でき、組織にも変化をもたらすという考え方です。
越境プログラム以外にも、今の領域を飛び越えて経験を積む制度はありますか。
川島:それでいうと、選抜型の次世代経営人材財育成プログラムがあります。これまでも、当社グループでは特別な研修を組んでいました。ただ、従来は参加に職場(上長)の推薦が必須だったのですね。これを改め、一部のプログラムは自薦でも参加できるようにしました。本人にやる気があるならば、それに報いていく。そうすることで、自律したキャリア形成を促進したいと考えています。高倍率を通過したやる気溢れる自薦参加者が職場推薦者と共にプログラムを盛り上げてくれています。
こういった新規の取り組みに手を挙げてくれる社員がいることで、他の社員も「三菱重工は本当に変わっていくつもりなのだ」と信じてくれます。ですから、これからも応援していきたいですね。
谷浦:個人的には、現在人事部門で試行している「オープニングメッセージ」も素晴らしい新規プロジェクトだと思います。これは、毎朝出社するとパソコンの画面に社員が描いたメッセージが表示される制度です。自分のプライベートの話や、夢中になっていることを語ってもらうことで、社員の相互理解を深めています。
これが、形式だけでなく、みなさん真剣に作られているのです。たとえば鉄道マニアの方が、好きな電車について語ったり、絵が得意な方のイラストを拝見できたり。そうすると、チームを超えて仕事をするときに「あの電車に詳しい○○さん」といった形で、協働しやすいですよね。コロナ禍で特に部を超えたコミュニケーションが希薄になった危機意識から生まれた取り組みが、とても好評です。
最後に、キャリアオーナーシップを促進するために、三菱重工さんがこれからチャレンジしたいと考えていることについて教えてください。
川島:いまは人事部門の中で、さまざまな仮説検証を試行している状態です。今後は、その施策を全社に広めていきたいですね。三菱重工は、グループ全体で約7万7千人の社員を抱えています。つまり、それだけポテンシャルを持っている、ということです。もし、7万7千人もの社員が自らの強みを発揮できる場所で、「一人称」で活躍してくれれば、三菱重工はとてつもない更なる成長が見込めます。
そのためにも、人事部門としては心理的安全性を担保し、自律的なキャリアを描けるよう支援していきたいと考えています。
カーボンニュートラル実現のためには、乗り越えるべき高いハードルが多くありますが、だからこそ、われわれは社運をかけ、自律・協働・挑戦ができる社員を育てねばなりません。そのためにも、人事部門としてなすべきことを全てやっていくつもりです。
構成:伊藤 ナナ・杉本 友美(PAX)
企画:伊藤 剛(キャリアオーナーシップ リビングラボ)