本気の新規事業づくりを実現する3つの要素
当コンソーシアムでは、社員の自律的な働き方を支援する「キャリアオーナーシップ」の考え方を大事にしている8社の方々が集まって、この文化さらに広げるためにどんなことが大事なのかを研究をしています。このコンソーシアムには何を期待されて参加されましたか?
執行役員 CPO・羽田 幸広(以下、羽田):弊社が蓄積してきた色々な事例を発信することで、世の中に貢献したいと思って参加しました。一方で、他社の事例からは、特に新規事業の立ち上げ事例を学んでいきたいとも考えています。
執行役員 CFO・福澤 秀一(以下、福澤):私達の会社は固定資産がない会社で、人が事業をつくりあげています。「あらゆるLIFEを、FULLに。」というコーポレートメッセージを実現するには、この人材力が世の中に貢献していくことが不可欠です。世の中は広いですし、アンテナを高くして、社外の事例についても情報を得て、様々な知見も借りながら、それを高める方法を考えていければと思っています。
当コンソーシアムでも研究を進めている「経営戦略と人事戦略の接続」ですが、LIFULLさんは既に様々な取り組みをされてきたと思います。これまでの取り組みの概要について教えて下さい。
羽田:LIFULLは「あらゆるLIFEを、FULLに。」というコーポレートメッセージ を掲げています。全世界78億人の人生や暮らしを幸せで満たすための事業をたくさん作っていこうという想いを言葉にしています。
それを実現するために、トップダウンとボトムアップの両軸で事業を作っていくというスタイルをとっています。
例えば、基幹事業の「LIFULL HOME'S」や海外展開、地方創生などの投資が大きい事業については、経営陣主導のトップダウンを軸に投資を行っています。
一方で、社会的意義があり、将来的に収益化が可能だと考えている新しい事業は、提案した社員を事業責任者や子会社の社長にするボトムアップのアプローチで、会社や事業に投資していくスタイルをとっています。その実現のために「SWITCH」という新規事業提案制度を設けており、新規事業が成長すれば子会社としてスピンオフして経営してもらうという形をとっています。
本体の中で事業を育てる会社が多い中で、なぜ、スピンオフを軸にしたモデルとなったのでしょうか。
羽田:もちろん社内にしばらく置く事業もあるのですが、ボトムアップで出てきた事業については、ある程度の成長を見込める状態になったら切り出していこうというのが大方針になっています。
トップダウンでそれぞれの事業をコントロールするのではなく、子会社それぞれが独自の経営を行った方が事業の成長も早いですし、経営者育成にもなると考えたからです。
「経営者の育成に大事なのは、実際にやってみることだ」いう社長の価値観もあり、大きく育ってから経営を行ってもらうのではなく、早い段階から事業のスタートアップを体験してほしいという意図があります。
福澤:一般的には、子会社化しても人事や経理等バックオフィス機能については親会社でやるということが多いのですが、LIFULLでは、基本的には一切引き受けず、給与計算などやってほしい業務がある場合は、本体と業務委託契約を結んでお金のやりとりを発生させる形をとっています。親会社に委託するのか、社労士事務所に委託するのか、そういう判断も含めて子会社の社長に任せていて、経営の攻めのところだけではなく、守りのところもちゃんと考えられる経営者を育てていこうと考えています。
羽田:子会社の経営については、基本的にはキャッシュがなくなったら終了としており、それまでは続けることができます。
独立した会社として裁量を持って事業ができる一方で、非常にシビアな面もありますね。御社はなぜこのような本気度の高い制度を実現できているのでしょうか。
羽田:社員が挑戦するために意識していることは3つあります。
1つは、ビジョンやカルチャーを明確に定めていて、会社としての方向性や注力すべきことをしっかり社員に伝えていることです。
カルチャーに関しては、社員一人ひとりに対して、自分のやりたいことを言語化してもらい、それを実現できるチャンスがあると伝えることで挑戦につなげています。弊社の経営理念には「常に革進」とあり、社員にもその姿勢が求められる会社だということを明示していることも大きいです。
2つ目は、社員の内発的動機付けを大事にするカルチャーを促進する形で社内の仕組みを作っていることです。新規事業提案制度もそうですし、部署異動の制度も整えています。
異動の仕組みがあっても上司が止めたら意味がありません。管理職は、自分の部署の成果を上げるだけでは駄目で、会社のやっていきたい方向を一緒にやっていくのが管理職の責任です。自分の部署のことだけやっている管理職はミドルマネジメントのフリーライダーだよ、と明確に伝えています。そうやって、制度はもちろんのこと、管理職も新規事業提案制度や部署異動を支援する風土を作って、会社全体をそういう流れにしています。
3つ目は、採用です。LIFULLにあった人を採用していくことを心がけています。
特に新卒採用では「うちはこういう経営理念を掲げる会社なので、それをやりたい人だけが来てください」と明確に伝えて、一貫した採用活動を行っているので、新卒入社者が新規事業提案を出してくることも多いです。
人事施策が尖った会社は、本当にその施策が経営に貢献しているのかを経営管理部門から問われることもありそうですが、LIFULLさんではどのように社員の自走と、組織の管理を併存させているのでしょうか。
福澤:変化の速い業界で生き残るために、トライアンドエラーを早くたくさんすることが大事だと考え、各組織各メンバーが生産性高く行動できているかが大事だと考えています。
例えば、当社では上場前からから、部門別のPL管理を行っています。それぞれの部署で予算をつくり、ミッションを立て、1年間の成果を定性的、定量的、両面で評価しています。これは経営管理の側面だけではなく、自走する組織を作るためのアプローチでもあります。
現在は200を超える組織の予算があり、それらを全部積み上げて連結すると、全社の予算になります。取締役会、経営会議、部会、といった各組織の会議体で、自部門のPLを見るという習慣ができていて、予算と実績が乖離した場合は、何で見込みが外れたか、どのように数字を変えていくのかというコミュニケーションを経営管理グループの方からフィードバックします。
現在は、連結で1,500人を超えるため一つ一つをつぶさに見ることはできません。そのため、一人ひとりが経営者の意識を持って、自部門のPLを意識しながら売上最大・コスト最小のための行動をするように促しています。これが、社員の自走につながるのです。
内発的動機付けに基づいた挑戦機会を提供する
ベンチャー時代からカルチャー築き上げてきたということもあり、非常にうまく仕組みが作れているように見えています。一方で、急成長したがゆえの難しさもあるのでは?と推察しています。自分達の会社の状況を俯瞰して見た時に、どんな課題があるとお考えでしょうか。
羽田:やはりボトムアップで作った子会社をもっと伸ばしたいと思っています。基幹事業のLIFULL HOME'Sでは、競合の存在も含めて、業界全体で社会に対して価値提供ができていると感じていますが、子会社や新規事業の多くはまだまだ成長途上だと思っています。既存の子会社を伸ばし、更に新しく子会社を生み出していきたいです。
弊社には「あらゆるLIFEを、FULLに。」というコーポレートメッセージを掲げておりますので、ボトムアップの事業づくりを続けていくことで世界中の人々の生活の充実のために事業を創っていきたいのです。LIFULLのコーポレートサイトでは、解決したい社会課題について「LIFULLアジェンダ」という形で掲載していますが、これらの社会課題の解決のためには、更に多くの事業を成長させる必要があります。
当コンソーシアムでも議論されているテーマですが、従業員のキャリアオーナーシップの醸成は、新しい事業の創出や事業の成長に、どのように貢献すると考えていらっしゃいますか。
羽田:自分の内発的動機に基づいてキャリアデザインしたことに挑戦してもらうということが、短期の成果においても、長期の成長においても、すごく重要で、個人の人生にとっても会社の業績にとってもプラスだと考えています。
外発的な仕事、つまり「やらされてやる仕事」であれば、業務時間が終わったら仕事から当然のように離れてしまいます。しかし、これが好きなことだったら、自発的に勉強をしたり、スキルを身につけたりするでしょうし、成果も成長のスピードも、全然違うものになるんじゃないかと思うのです。
その「仕事への姿勢」がここで言うキャリアオーナーシップと表現されているものではないかと思います。
どういった社員なら経営に向いている、子会社を任せたときに伸ばしてくれる、といった判断の基準はありますでしょうか。
羽田:正直、なかなか判断するのは難しいですよね(笑)。いろんな経営者の方と実際にお会いしたり、メディアなどで見ていると、カリスマ的な方もいれば、おとなしい雰囲気の方もいらっしゃいますし、天才的な方もいれば、人を動かすのが得意という方もいるわけです。スタイルも様々なので「こういう人ならうまくいく」と断言するのは難しいところがあります。
しかし経営者としての共通の能力を、あえて言語化してみると、ビジョンを描いてやりたいことを言語化する力と、絶対に達成してやるという異常な執着心、そしてそれらを元に周りを巻き込むリーダーシップが、経営者的に動ける人には備わっているのではないかと思います。
ここで言うリーダーシップというのは「この人が言うならやってあげよう」とメンバーに納得の上で選択してもらう力です。人が付いてきてくれる、自然と巻き込めるというのが、経営者として必要なことだと思うのです。
やり方は様々です。がーっと周りに力強く話をして付いてきてもらう人もいれば、背中を見せることで付いてきてくれる人もいれば、その人の戦略が面白いから付いてくる人が出てくるということもありますよね。
組織の中で、中間管理職の方々のマインドを変えていくのには時間がかかるようにも思いますが、変えるための手法や取り組みというのはどんなものが効果的だとお考えでしょうか。
羽田:企業文化はトップダウンで作られると考えています。「うちはこういう方針だから」と社長がちゃんと自社のカルチャーについて発言し、そして役員がこれを理解して的確に周りに伝えられるようにして徐々に管理職に浸透させていく……こういう形で作っていくしかないと思っています。弊社では、この形に合わない人は役員・管理職にしないというのも徹底しています。
コロナ禍以降は、インナーコミュニケーション活動もオンラインにシフトしていっていますが、その中で気づきや課題などはありましたでしょうか。
羽田:やはり一般的に言われているように、対面は大事だよねという話はありました。原則リモートワークになった当初は、少しだけエンゲージメントサーベイのマネジメントの数字が下がったのですが、その後に持ち直して、過去最高の数字が出ました。
やったこととしては、コミュニケーションのルールを決めました。1on1を週1でやってくださいとか、本部総会を月1でやってください、みたいなルールです。コミュニケーション量が部門長の裁量でばらついてしまうのを防ぐために、みんなでこうやってコミュニケーションをとっていきましょうという決め事をして、全社的に情報の流通量を揃えていったっていう感じです。
それと、オンラインでのサークル活動を推奨しました。1年で80サークルできて、部門を超えたコミュニケーションの場として活性化しています。リアルで足りなくなったものをオンラインで解消できるやり方を考えて実践したおかげで、コロナ禍前と比べてもエンゲージメントの数字が上がって、離職率も下がって、うまくやれている状態になっています。
ちなみにエンゲージメントの数値は、エンゲージメントサーベイを実施して定点観測しています。LIFULLでは、2003年からサーベイを実施しているので、特に管理職の中ではこのサーベイの重要性は共通認識になっています。
「仕事の選択肢を広げる」ことで企業が選ばれる時代に
あえて「これをやったことがその後会社のカルチャーを作っていく上で鍵になった」という施策を選ぶとしたら、何になりますでしょうか。
羽田:当社にとって適切な発信ができる管理職を増やしたことです。既存の管理職の育成と、新しい管理職の登用が肝になりました。
そのおかげで企業文化の一貫性が保てるようになったという流れなんですよね。
福澤:やはり経営やミドルマネジメントが、会社としての考え方や一貫性を持って伝えるところが大事だなと思います。
グループ会社の経営者が社内で間違った発信をしてしまって、社員のモチベーションが下がってしまったことがありました。しかし、その経営者が発信の仕方を変え、マインドを変えたことによって、本来伝えたかった会社の考えが社員に伝わるようになり、その後はエンゲージメントを大幅に上げることができました。その経験から、マネジメントが一貫した軸を持って社員と対峙することが大事なんだなと実感しました。
私自身も、LIFULLやグループ会社がいい方向に進んでいるのか、もしくは悪くなりそうかを早期に気づけるように、役員がどういう軸をもって発信しているのかをは気にして見るようにしています。
やはり日本の中でもここまでしっかりとした仕組づくり、働きやすい会社づくりをやられている会社はなかなかないのではと、お話を伺いながら感じています。どういったことを御社の経験から発信して、世の中の会社に知ってもらうと、もっと日本全体が働きやすい国になっていくと思いますか。
羽田:それはまさに「キャリアオーナーシップ」についてだと思います。
キャリアオーナーシップがあれば、自分の好きなことをやって、世の中の役に立つことができるわけで、そういう働き方は、人の成長に繋がると思うんですよね。
今後さらに副業や転職などが広がり、企業側が選ばれる存在になり、だんだんと働き手側が交渉力を持っていくと思いますし、そういう個人に価値を提供して、事業づくりに協力してもらうことが、これからの会社にとってすごく重要だと思っています。
福澤:企業側が「仕事の選択肢を広げる」ということだと思います。そこは、LIFULLでもずっと意識してきたところです。
うまくこれを広められると、今までの年功序列型の組織だけでなく、成果主義やギグワーカーなど、多様な働き方を自ら選択をして、自身にあった働き方を選択することがウェルビーイングにつながります。私達の会社でもこれを実践し、社外に発信するっていうのをできたらいいんじゃないかなと思います。
ちなみに弊社は投資家の皆様にも人事施策について発信していて、評価いただいています。どういう人材がいて、そこからイノベーティブなサービスをどうつくり上げるのかというのを投資家からも重要視されていて、従業員のモチベーションの高さ、エンゲージメントの高さを具体的な数値で伝えていた時期もありました。企業だけではなく、投資家に対しても発信する必要性は感じています。
構成:河原あずさ・西舘聖哉(Potage)