民営化、そして2019年を期に生まれた改革
かんぽ生命さんは、中期経営計画において「社員一人ひとりがやりがいを感じながら、会社とともに成長できる企業風土に改革する」ことを発表されました。この改革意識は、どのような背景から生まれたのでしょうか。
執行役 人事戦略部 部長・濵﨑 利香(以下、濵﨑):2019年に、当社の募集品質に係る諸問題が発生し、そこから、まずは多くのお客さまの状況を確認し、お詫びに注力してまいりました。それが一段落したところで、何が原因だったかを分析したところ、理由のひとつに組織風土が挙がってきました。
特に、明らかとなったのはマネジメント層の課題です。「今までのやり方を覆すくらい、変わろう」と。今までのお客さまから信頼を取り戻し、新しいお客さまにも信じていただけるような会社になろうと意識したのが始まりです。
たとえば、私が所属する人事戦略部自体が、当社の募集品質に係る諸問題以降に新設された部門です。本日、同席している大川さんは初期メンバーです。当初はプロジェクト単位だった改革案も、量や質が増えていきました。そこでまとまって行動する集団が必要となり、ついに部署化した流れです。人事戦略部がさまざまなことを発信し、改革を進めてていくプロセスで「かんぽ生命は本当に変わるんだ」と実感してもらえつつあると感じています。
2019年以前で考えますと、民営化が大きなターニングポイントでした。私は郵政省に入省しまして、民間企業としてのかんぽ生命に変わってからは14年目になります。大きな改革としては、たとえば現場出身の私が役員になったことも、従来の人事制度ではありえなかったのではないか、と思っています。
民営化後は役員や幹部も含めたキャリアパスが見直されたのと感じる方もいらしたと思います。かんぽ生命は本当に改革をする気なんだと、といったお声が届いた記憶もあります。
人事戦略部 人事戦略担当 課長・大川 耕太郎(以下、大川):この10年を通じて「キャリア」という言葉が社内に溢れてきたな、という変化を感じます。これまで、社員の目から見て「キャリアの積み方は会社に言われたとおり決まるもの」と認識されていたと思います。しかし、人事戦略部ができてからキャリアビジョンをどう考えるかについて自分で考えるきっかけが増えたと思いますし、社長の千田も積極的に発信しています。「自分たちでキャリアを考えていこう」という思想が、社内に溢れてきたな、と。
私が人事戦略部に来た当時は、「人事戦略部でキャリアパスを作ろう」とミッションを与えられても、自分にすらピンときませんでした。そこから試行錯誤する中で、会社としてどのようなキャリアを社員へ求めていくかについてオープンに発信できるくらいに、かんぽ生命は変わりましたね。
濵﨑:キャリアオーナーシップの視点で言えば、今年も変化がありました。従来、当社の代理店として保険営業を担って頂いていた日本郵便株式会社の保険コンサルタント社員や内務事務社員が当社に出向する形で、当社の社員として、直接、当社のリテール営業・お客さまへのサービス提供を担う体制となりました。これに伴って新たな部署が出来、こういった変化の中、社員のキャリア形成の場が広がりつつあると思っています。キャリアパスの見直し、キャリア面談や人材育成会議の導入等を通じて、直属の上司や周囲の管理職が話し合い、社員の希望を踏まえた上で、社員の強みやキャリアプラン、今後期待する成長に合わせた異動を実現できるように、組織として取組んでいます。
様々な機会を捉えてキャリアパスを発信し、「キャリアの選択肢」が生まれたと感じる方もいます。当社では、役員・本社幹部がフロントラインを訪問し、直接コミュニケーションを行う「フロントラインミーティング」を実施していますが、その際「日本郵便に在籍するのと、かんぽ生命に転籍するのと、どちらが私にとって得でしょうか?」という質問を頂くことがありました。
まず、「何が自分のキャリアにとって得か」という思想が生まれてくれたこと自体が、キャリアオーナーシップの芽生えと言えます。ただ、役員が「あなたにとって得をするのはこのキャリアです」と言ってしまうと、以前の与えられるキャリアと何も変わりません。そこで、私はこう答えました。
「あなたが、どうしていきたいか、が重要です。例えば、郵便局長を目指したいのであれば、日本郵便に在籍しチャレンジする方がよいと思います。かんぽ生命の中で役員や支店長、営業部長を目指していきたいということであれば、転籍してチャレンジすることが必要になります。ご自身はどうしたいですか」と。
メリット・デメリットではなく、自身がどのようなキャリアを積んで、職業人生を送りたいか。定年を迎えたいか。それを考えるチャンスが、社員に生まれつつあるわけです。
変革の壁を乗り越える「目安箱」を通じた施策実現
かんぽ生命さんは、人材育成の柱として「お客さま志向」「当事者志向」「スピード志向」「チャレンジ志向」が、お客さま本位の人材育成につながると書かれています。現状をふまえると、この4つの柱について、どれくらい達成できていると感じていらっしゃいますか。その理由もお聞かせください。
濵﨑:企業風土改革を実践したことで、変化の兆しが見えてきていると思いますが、それでも率直に申し上げると「まだまだ」ですので、会社として引き続き企業風土改革に全力で取り組んでいく必要があります。
大川:キャリアチャレンジ制度(社内公募)やコース転換といった制度を整備することで、キャリアの側面に関しては、社員に「チャレンジしたい」という思いは生まれつつあります。ただ、事業面では道の途中です。自分のキャリアを自分で考えてみるところまでは進みつつありますが、かんぽ生命の目標と一体化しながら成果を出していく段階には進めていないのではないでしょうか。
「キャリアオーナーシップとはたらく未来コンソーシアム」では、他社事例をぜひ学ばせていただくことで、事業と個人の目的が一体化したキャリアパスを描けるよう、施策を考えていきたいと思っています。
ありがとうございます。野心的な目標を掲げるにあたって、どのような壁が現在あると考えていらっしゃいますか。
大川:トップダウンで指示されたものを、忠実に再現することは弊社の強みではないかと思いますが、その代償として、「自分の力でやってみよう」と考える経験が不足しているように感じます。キャリア形成に関しても「キャリアプランを描いてみよう」と発信しても、雰囲気として手を挙げづらい……と感じる方はいらっしゃると思います。
濵﨑:かんぽ生命には約2万1,000人の社員がいます。私も含めて、個々のキャリアやバックボーンも、年齢も、価値観も違いますから、一丸となって動くのは難しいという点もあると感じます。また、2019年募集品質に係る諸問題当時に現場に近かった方もいれば、距離があった方もいます。また、危機意識の強さも社員において様々と感じます。
そうなると、かんぽ生命に改革が必要なことには理解できても、どう変えていくかについては本当の意味で納得されていない社員もいらっしゃると思います。「自分の希望した方向に会社が動いてくれないのならば、会社には期待しない」と思ってしまう方もいらっしゃるかもしれません。これが、私の感じている「壁」です。
ここまでにおっしゃった「壁」を乗り越えるために、動いていらっしゃるプログラム、研修などがあれば教えてください。
大川:現状への対策としては、社内に目安箱を設置しました。目安箱では匿名で社長まで意見を届けることができます。会社を変えたいという思いさえあれば、本社にメッセージを伝えることができ、それらの意見は役員や社員が一緒になって対応しています。
目安箱にはこれまでの1年半で、4,200通ほど意見が挙がっています。そのうち、3割近い1,200通の意見については、実際に施策として反映できました。実現できない場合であっても、その理由をしっかり伝えています。これらの取り組みを通じて、「かんぽ生命は、自分が届けた声を聞いてくれるんだ。もしできなかったとしても、理由をオープンにしてもらえるんだ」と、実感してもらえる機会が増えています。
キャリアという観点でも、改革を1つ行いました。かつては、自分の将来に向けて考えているキャリアプランについて申告する場があるようでない状態でした。今は、テキストとしてキャリアプランを残す仕組みがあります。部としても、社員が申告してくれたビジョンに応じて社員を育成していく考え方が浸透しつつあります。場合によっては、希望を叶えるための異動も実現できます。
年4回の支店訪問を通じた綿密なヒアリング
働き方改革における「自律的な改善活動の推進」についてお伺いします。かんぽ生命さんにおいて、「自律的な改善活動の推進」はどのような変化を社員にもたらすと期待されていますか。
濵﨑:かんぽ生命はもともと国営だったこともあり、安定志向・保守的な社員が多くいらっしゃるといます。当初は「キャリア自律、キャリアオーナーシップ」と言われても、戸惑っていらっしゃる方も多かったと思います。入社したら同期が同じように出世して、同じようなルートを辿って……というある程度道が見えている、と感じていました。そこから徐々に改革を進め、キャリアの選択肢は広げてチャレンジできる仕組みを導入しています。
また、先ほど申し上げた、「フロントラインミーティング」で、全幹部がかんぽ生命の82支店とその管内の623かんぽサービス部(営業拠点)を訪問します。私も、今年は1支店11かんぽサービス部を担当しました。直接、現場の声をヒアリングして、質問にも回答しています。私が担当している人事改革のテーマの際は、支店から「濵﨑さんに来てほしい」と指名いただいて、伺う場合もあります。ほかの役員・幹部も同様にテーマによって、訪問される際もあります。
こういった訪問が年に3~4回はありますから、時間の経過とともに、「遠いところからありがとう!」と声掛けしてもらえるようになりました。親近感を抱いてもらえるくらい、結構な頻度でお会いできているかなと思うと、嬉しいですね。会社・経営陣と現場の距離が近くなり、信頼関係が出来つつあるのではないかと思っています。こういった機会を重ねて会社の考えを発信し、社員自らが生き生きとしたキャリアを描ける環境になるよう期待しています。
キャリアオーナーシップを実現する「人材の高度化」
今回開催している「キャリアオーナーシップとはたらく未来コンソーシアム」において、参画されている社員さんに期待されることを教えてください。
大川:社会も、多様性を重視する雰囲気に変わってきました。「言われたことをやればいい」という文化から、いろいろなキャリアを積んでいけるよう、プラスの変化を期待したいです。郵政グループはこれまで、「閉じた世界」の中にいました。それで成り立ってきたとも、言えるかと思います。
ただ、このままの状態ではかんぽ生命として成長できません。「キャリアオーナーシップとはたらく未来コンソーシアム」においては、他社さんと触れ合って、相互発信できることが大きな学びとなっています。今後も発信、受信を続けることによって、多くのことを吸収できればと思います。他社さんからご覧いただいたときに「あの堅そうなかんぽ生命が、コンソーシアムに参加しているぞ」と、変化を感じていただければ嬉しい限りです。
私にとってキャリアオーナーシップとは、オーナー企業の社長になるイメージです。なりたい姿を描き、それを実現するために自分がどうしなくてはならないかを考えて動ける、能動的な人材です。辞めてほしくはありませんが、こういった方が社内に増えたらと願っています。
濵﨑:私にとってキャリアオーナーシップとは、なりたい姿を実現するために、自らキャリアを切り拓く姿勢です。自分がどうありたいかを考え、軸を持って働くことですね。たとえば、10年後にこうありたい、と考えたら、そのために何にチャレンジすべきか、直近では何を達成しなくてはいけないかが分かります。そうすると、結局のところ「今いる場所で成果を出す」重要性も見えてくるはずです。
異動やキャリアチェンジにおいては、上司が推薦するかたちになります。そうすると、推薦したくなるような人材であることが、とても重要です。まずは人事評価でよい結果を出すこと、続けて周囲とコミュニケーションが取れる人材であること。この2つを満たしていると、「この方ならどこに行っても活躍できるね、ぜひ推薦させてください」と上司も安心して送り出せます。
といっても、上司へ媚を売れ……という話ではありません。正々堂々と、正しいコミュニケーションを取ることで成果を出し、チームに貢献してもらいたい。こういった努力の積み重ねで、自分のキャリアを勝ち取っていく。そういった人材が社内に生まれることを、今後期待しています。
大川:もちろん、そのためには評価者も公正でなくてはいけません。かんぽ生命では、人事評価を高度化するために2つの観点を取り入れています。まずは業績評価、続いてコンピテンシー(成果につながるような行動特性)です。評価する際は、直属の上司だけではなく他の管理職も評価を相互チェックする会議を設定しています。そうすることで、評価軸にバラつきがないよう設計しているのです。
キャリアオーナーシップを持つ部下を育成するならば、マネージャーも成長せねばなりません。マネージャーのレベルアップのための環境を今後も整えていきたいと思っています。
構成:杉本友美・伊藤ナナ(PAX)
企画:伊藤 剛(キャリアオーナーシップ リビングラボ)