「真に社内に浸透する施策」を考えるため、他社事例に学ぶ
当コンソーシアムでは、社員の自律的な働き方を支援する「キャリアオーナーシップ」の考え方を大事にしている23社の方々が集まりました。日本郵政として、このコンソーシアムにはどのような期待を抱かれて参加されましたか。
人事部 担当部長・大橋 資博(以下、大橋):今回、「キャリアオーナーシップを社内に浸透させるにはどうすればよいか?」を考えたくて、参加を決めました。
人事の世界って社内に閉じてしまっているんですよね。自社の社員のキャリア形成、成長を考えるときに、どうしても自分たち社内の枠組みだけで考えてしまいがちです。ですが、キャリアはどんどんボーダーレスになっていると思っています。そこで、他の会社さんがどのような取り組みをされているかを知りたい、と思っていました。まずはそこが出発点だったなと思っています。
執行役 人事部長・牧 寛久(以下、牧):「他社さんの事例を学びたい」という気持ちは、私も強くありました。目的を共有している人事の方々が集まることにより、他社さんから学びたいと考えています。たとえば「副業をやりましょう」とアイディアを思いつくことはできますが、それを社内に根付かせるために、一体どのような施策を他社さんが考えていらっしゃるのか。それを学ばせていただきたい、という姿勢で取り組んでいます。
これまでは、他社さんの事例を学びたいと思ったときに、従来の手段では他社さんの人事へ直接お電話を差し上げて、話を伺う……という、1対1の直接的なアプローチが主たるものでした。これでは、なかなか交流が進みづらいという難点があります。
また、個別具体例ですと、ダイバーシティ推進などのようにイベント、セミナーで各社人事が集まるケースもありえますが、社員のキャリア形成という大きな枠組みですと、なかなか難しい。そこで、もっと考える機会をいただきたい、と考えたのがきっかけで、「はたらく未来コンソーシアム」に参画しました。
日本郵政では、中期経営計画『JP ビジョン2025 ~ お客さまと地域を支える「共創プラットフォーム」を目指して ~』の中で、大きな人事制度の変革を推進されています。その中でも人材育成のパートで「経営課題解決」に触れていらっしゃいますが、どのような課題意識が前提としてあったのでしょうか。
大橋:本中期経営計画を策定するにあたり、人材戦略については、大きく分けて2つの課題があると考えていました。まず、施策を広める難しさです。日本郵政には、日本郵便、ゆうちょ銀行、かんぽ生命と大きく3つの会社があります。いずれも、全国に裾野が広いサービスを提供しています。そして、いずれも別々のビジョンや課題を抱えています。郵政グループとしての人事戦略や人事方針を提示し、浸透させるには、組織間や個人レベルに至るまで、多くのステップが必要です。
たとえば、ある施策を社員に浸透させていくためには、フロントラインのマネジメントを担う管理者が軸となると考えており、その管理者と社員とのコミュニケーションが非常に大切です。管理者層へ伝えていくためには、その前に施策の担い手である人事部が本社・支社機能のトップとも密にコミュニケーションを取って議論を進めていく必要があります。この段階を経る難しさがありますね。
例えば、全社員へあるメッセージを伝えるために、リーフレットの配布を企画したとしましょう。そうすると、それだけで40万部のリーフレットを刷らなくてはならない。それくらい、構成員が多い組織なので、施策を実施する前段で、まず、「どう伝えるか」がとても重要なテーマとなります。
次の課題が、変革リーダーを育てることです。例えば、郵便・物流業界を取り上げ、その競争環境を考えると、当社は決して楽観的ではない状況に置かれています。そこで、事業ポートフォリオの転換が大きな命題となっているわけですが、人材育成の仕組みも含めて転換していかなくてはならない。そのために必要なのが変革の中心となるリーダーですが、現状の組織形態や風土ではなかなか数を揃えることが難しい。そういったところが、当社の課題認識としてあります。
牧:当社の場合、他社に学びたいと思っても、当社と同じような、郵便・物流事業と金融事業という全く異なる分野のサービスを提供し、それらを全国の各地域に均一に提供する規模感・公共性の高さを持つ会社があまりないのです。企業規模やガバナンスで似た会社をベンチマークするのか、自社をインフラ業界とみなして、インフラ業界から学ばせていただくべきなのか、またはまったく異なる業界・企業なのか。そういった難しさもありました。
何らかの施策を実施する前に、経営陣や人事部門が先んじて変化することの必要性も感じています。人事が自ら変わり、フロントラインにアプローチする。伝え方について深く考える。そんな進め方が望ましいのではないでしょうか。
「能力と意欲」と「お客さま本位の安心と信頼」を備えつつ自走できる「変革リーダー」をどう育成するのか
先ほどお話にあがった「JP ビジョン2025」の達成のため必要となる「変革リーダー」とは、具体的にどのような人材像をイメージされていますか。
大橋:自分の仕事に、付加価値をつけられる人です。言われたことに従うだけでなく、どうすれば会社のためになるか、付加価値の向上に向けた取り組みを自ら考えられる人材。そういった方をイメージしています。たとえば、社内に変革を起こすような施策を実行するときに、「まずは、自ら仮説を立ててたたき台(たたかれ台)を作ってみよう」と思える方です。
設計図に従って正確に動ける優秀な人材は、ありがたいことに社内に多数いますが、自社のさらなる成長のために、最初のチャレンジをする人材を求めています。そういった方々と協働したいと考えます。
牧:当社の人材育成では、「人材力(能力×意欲)」を掲げ、重視しています。言い換えると、会社に依存せず、自身のキャリア(職業上の経験・ビジネススキル等)形成に率先して取り組み、組織を活性化させることができる、お客さま本位の情熱を持った人材です。これは、当社の「キャリアオーナーシップ人材像」と言えるかもしれません。
これまでは、会社が与えてくれるキャリアパスに乗るだけで、ある程度会社人生を全うできたかもしれません。もともと当社は、皆さまの生活の基盤を支えるサービスを地域に分け隔てなく安定して提供するという事業の性質上、ルールを正確確実に実践できる、まじめで優秀な方が多数揃っています。これは、日本郵政グループならではの強みです。
グループとしてのさらなる成長を考えたとき、これからは自社内でどのように働きがいを見つけながら、同時に会社へ貢献できるかを考えられればベストだなと。もちろん、私達が社員へ一方的に変化を求めるだけでは不十分だと考えています。会社としても、能力と意欲を持つ社員に対して、「こういったキャリアの機会がある」と応えていかなくてはならない、そう感じますね。
特に、日本郵政さんは、グループに日本郵便、ゆうちょ銀行、かんぽ生命といずれも大手企業を抱える大組織です。このグループ各社を一気通貫したアプローチを実現するために、どのような取り組みをされていますか。
牧:私は、日本郵便、ゆうちょ銀行、かんぽ生命の社員を、単一のルールで管理しようとすることは、合理的でないと考えています。
もちろん、グループとしての一体感、共有するビジョンはあるべきだと考えます。一方、具体的な施策においては、むしろ厳格すぎるルールを強要してしまうと、マイナスにもなりえます。すべてを中央集権的に管理するのは、時代に合っていないのではないかと。
大橋:もともと、当社は中央集権的に管理をしていた時代もありました。歴史的に見て、安定、信頼を重視していますから、いわゆる創造型の会社とは性格が異なります。決まったことを真面目に実行するのが得意な方が多い。ただ、その方法のみで成長していくには、限界が来たのではないか、と。
私たちは「言われたこと以外のことをやるな」と規制しているつもりはないのですが、そう感じさせてしまう雰囲気を作ってしまっているのかもしれません。「そうではないよ、やりたいことをもっと提案していいよ」というメッセージがもっと伝わるように、取り組んでいきたいと考えています。
これから人的資本経営を考えていくにあたり、「それぞれの組織やリーダーたちが、能力と意欲」と「お客さま本位の安心と信頼」を備えつつ自律・自走できる人材を育てられるようなアプローチが出来ないかと考えています。
当コンソーシアムでは「人事と他組織の接続」が大きな課題テーマの一つとして掲げられており、御社でもまさに「JP ビジョン2025」における「グループ会社間の人事交流」の面で関わりが深いかと思いますが、どのような進め方をされていらっしゃいますか。
牧:グループ会社との共通項を考えたときに、当社はお客さまの「安心、信頼」を裏切ってはいけないというのが大前提です。どの会社も、日本のインフラを担っているからです。インフラである以上は、縁の下の力持ちとして、頼れる存在でありたいのです。信頼を裏切ることなく、現状を変えていく。そのために、グループ会社間の人事交流は重要な施策と位置付けています。
大橋:「現状のやり方ではうまくいかない」という共通認識は、グループ会社間にあると思っています。しかし「どのように変えていくべきか」についての合意を作れてはいないですね。ですから、これからどこに行くべきかを他社さんに学ばせていただく機会として、コンソーシアムを活用したいと考えています。
もともと安定企業としてのイメージも強い日本郵政さんの中で、自律的にキャリアを考え、組織を活性化させることができる「変革リーダー」の概念を浸透させるには、苦労もあるかと思います。具体的に、どのような苦労がありましたか。
大橋:変革リーダーの育成は一足飛びにはいかない、というのが私の感じている苦労ですね。たとえば、自発的にリーダーとして会社を変えていこうというWILL(意思)を育てることなく、リーダー役をいきなり任命しても、任された方が空回ってしまうものです。
社員の声を聞く仕組みはありますし、ボトムアップで「こうした方がいい」という声もいただいています。しかし、それを率先して実行するリーダーを育てきれていない悩みがあります。その中で、コンソーシアムで議論している「キャリアオーナーシップ」という概念は、人材育成における一つの突破口になりうる、そんな期待があります。
牧:これまでも、風土改革は何度か行ってきましたし、一定の成果は出してこられたと思っています。しかし、「人的資本を最大化する」と言えるほどの変革は起こせていません。まだ挑戦者の立場にいます。
そうこうしているうちに、若手のキャリア観や、世の中の流れも変わっていきます。会社が社員を自動的なキャリアのレールに乗せるのではなく、社員からも会社が“選ばれる”時代になっています。
当社グループの社員は、これまでの尺度でいえば申し分なく優秀です。ただ、世の中の尺度が変化しつつあります。私たちも民間企業として、世の中のお客様のご期待に沿って動ける存在でなければなりません。今回が企業変革のラストチャンスなのではないか、という心構えを持っています。
「社員の意欲と能力を高める」未来を叶えるために
苦労を突破する糸口に繋がりそうなものは見つかりましたでしょうか。
大橋:今ちょうど、他社さんからも学んでいるフェーズという意味で、糸口が見つかることを期待しています。他社さんの悩みを共有していただくことで、自社の課題に対する理解が急速に深まっているところですね。特に、「具体的な施策を分かりやすく伝える難しさ」については、どの会社さんでも試行錯誤を繰り返しているのだな、と感じていますが、組織構築方法や社内への浸透方法など、大変参考となっています。
牧:これまでの社内での議論や社外との対話を通じて、「ボトムアップ施策の重要性」が見えてきました。例えば、こちらが上から設計図を作って、マネージャー層へ押し付けてもうまく回りません。他社さんからお話を伺う過程で、そんなことが確認できました。
それよりも、組織ごとに人材育成のプランを提案してもらい、実現していくほうがフロントラインにフィットしやすい。フィットするだけでは、各社がバラバラの方向を向いてしまうので、ボトムアップとトップダウンを融合させていく、そんな風に理解しています。
最後に「人材力(能力×意欲)」を高め、変革リーダーを育てていく意気込みを教えていただけますでしょうか。
大橋:動くための原理原則、プリンシプルを作り、それを踏まえて自走できる組織が個々に生まれてくれる状態を、将来的には目指していきたいと考えています。
ゆくゆくは、社員にとって納得度の高い変革リーダーを育んでいくために、より高い解像度で方向性を示したいと思っています。個別の施策はボトムアップになるとしても、まずはどういった方向に変革していくか、それをどう進めていくのか。その理想を経営とフロントラインで合意できればとても嬉しいです。
それと並行して、「ボトムアップ施策」を推進できるように、「キャリアオーナーシップとはたらく未来コンソーシアム」などを通じて、他社の人事がどのようなお取り組みをされているのか。どんなテストプランが成功しているのか、そういった事例をさらに吸収したいです。
牧:日本郵政の人事部門の役割は、「社員の意欲と能力を高める」未来を叶えることに尽きます。繰り返しになりますが、日本郵政では社員の“人材力“を能力と意欲の掛け算で見ています。すべての人事の施策は、社員の意欲あるいは能力を高めるものであるべきと考えます。この2つを高めることによって、グループの新たな成長と、地域・社会へさらに貢献できる人材の育成の両立を目指します。
そのためには、前段として、当社がどういう経営状況にあって、何のために人的資本の最大化が必要なのかという原点に立ち返ることも、ときには必要でしょう。
組織が大きく複雑ですから、みんなが同じ課題意識を抱くことや、みんなが同じ目的に向かって動くことの難しさは承知しています。だからこそ、挑戦しがいがあります。「それっぽく」見せる施策を展開するのではなく、フロントラインも含めて全員が共感して行動へとつながるような原則を展開したい。現在はそのような取り組みが着実に動き出していると感じています。
構成:杉本友美・伊藤ナナ(PAX)
企画:伊藤 剛(キャリアオーナーシップ リビングラボ)