カルチャー&マインド改革が一番の肝
パナソニック コネクト株式会社は樋口 泰行さんが2017年4月にトップに就任(当時、パナソニック株式会社コネクティッドソリューションズ社)して以降、会社が大きく変わっていったとの印象があります。どのような経営戦略を掲げ、改革を推進していったのか、お聞かせください。
執行役員 ヴァイス・プレジデント CHRO 人事総務本部 マネージングダイレクター 最高健康責任者・
新家 伸浩(以下、新家):
一番の肝として最初に取り組んだのが、カルチャー&マインド改革です。働き方改革、コンプライアンスの徹底、DEI(Diversity, Equity & Inclusion)などを進めていきました。
カンパニーの本社を大阪から東京に移すと共に、それまでの決まった席、キャビネットに囲まれたオフィスを刷新。デザイナーにも参画してもらい、フリーアドレス、部署間でカジュアルなコミュニケーションが可能な働く場に変えました。
社長や役員の個室もなくし、社員と同じフロアで執務するようにしました。服装は、ドレスコードやカジュアルデーなども設けず完全自由。スーツから一転、ジーンズにスニーカー、カラフルなシャツといった装いに変わりました。
本社を東京に移したのは、多くのお客様の本社が東京にあり、お客様に近づき対応のスピードを上げることで「お客様のためになる仕事をしよう」と考えたからです。至極当たり前ではありますが、このようなマインド改革を進めた結果の移転でもありました。
また、当時は社内調整業務に多くの時間を割いていたことも問題でした。象徴的なものとしては、上司に1週間の仕事内容を報告する週報です。上司から評価される週報を作成することに躍起になっている社員も多く、お客様の価値向上につながっているとは言えない状況でしたので完全廃止するに至りました。
カルチャー&マインド改革を行うことがなぜ、一丁目一番地だったのでしょう。新家さんのように長年パナソニックで働いてきた社員としては、正直、違和感や戸惑いもあったのではありませんか。
新家:そうですね、他の社員も含め、戸惑いがあったことは否めません。しかし樋口はこれまで、ヒューレット・パッカード、ダイエー、マイクロソフトといった様々な経営環境下に置かれていた企業の経営に携わる中で、カルチャーやマインドが変われば戦略実行が可能となり、業績も改善されていくということを経験として知っていました。だからこそ、トップダウンでドライブをかけて推進していきました。
当初は樋口さんがトップダウンで改革を進めていったとのことですが、人事戦略も含めた組織としてのつながりや、役割分担などについても聞かせてもらえますか。
新家:まずはトップが方向性などを決め、実施する意義や裏付けなども発表します。その発表や発言を梃に、私たちが各種施策・仕組みを展開していきます。具体的には、事業部ごとにリーダーを決め、横展開していきました。
例えば、ダイバーシティは経営戦略であることを明確に社員に知ってもらうため、ダイバーシティ推進室を設けると共に、人事職ではない役員を同推進室のリーダーに抜擢。DEIの必要性や課題について現場の社員とディスカッションをして理解を深め、アクションに繋げるというような、各事業部をまわるキャラバン活動も行いました。
一方で自分は変革したくない。特に年配の従業員では少なくなかったのではないかと思います。人事としてはどのように対応していったのでしょう。
人事総務本部 キャリアデザイン部 キャリアコンサルティング課 マネージャー・黒川 彩乃(以下、黒川):私は現場で体感してきた立場でもありましたが、自身も含めて当初はどのように対応していいか、戸惑う社員が大半でした。しかし徐々に、働きやすい環境に変わっていき、生産性が上がっていく実感が持てるようになったことで、ドレスコード廃止やフリーアドレスなどが当たり前のこととして浸透していったように感じています。
一方で、改革当初はまったく変わらず、スーツで出社し続ける人などがいたのも事実です。そこで人事としては、変革による成果を従業員への意識調査などを通じて数値化しました。仕事のしやすさ、成果の出しやすさなどのスコアリングが上がっていることを、1on1などで伝えることで、自発的に変わってもらうよう促しました。
新家:樋口が掲げた改革は大きく3階層ありました。1階がカルチャー&マインド改革、2階がビジネス改革、3階が事業立地改革です。ビジネス改革ではハードウェアの売り切りビジネスから、ソフトウェア、ソリューション、リカーリングビジネスへの展開を掲げました。事業立地改革では選択と集中を行い、これまでにセキュリティカメラ事業の外部資本導入、スキャナーやPBX(構内電話交換機)の事業から撤退する一方で、サプライチェーンマネジメントソフトウェアの世界トップ企業、Blue Yonderを買収しました。
また、パナソニックでかつては家電製品の中核工場であった岡山工場を閉鎖。工場で働いていた人材を他の事業所に異動させる必要がありましたから、従業員にとっても会社にとっても、タフでハードなことも多かったです。
ただ、改革を実施したことで業績は改善しました。2017年度以降は、9.4%、8.4%、8.9%と3年連続で全社基準を上回る営業利益率を達成しました。このような数字、成果を見せることで、社員に変革のさらなる自律を促しました。
キャリア自律、グローバルとの整合性を考え
人材マネジメントを刷新
2022年からは新たな中長期戦略を掲げ、人材マネジメントも刷新しました。改革にドライブをかけている印象です。
新家:以前はカンパニー制でしたので、パナソニックの人事制度が基本でした。2022年4月に事業会社として独立することが決まり、人事制度も刷新した方がよいだろうと考えました。
理由はいくつかありました。
まず、ソフトウェアビジネスに注力していくことで、今後、ITエンジニアが大幅に増えていくということです。人材の流動性が大きい業界であり、かつ、Blue Yonderを買収したことで、海外人材もより増えることは明確でした。その際、グローバルIT企業の働き方、給与体系に合わせる必要もありました。
もうひとつは、VUCAや人生100年時代といった、現状認識から、これからは組織の指示で動くのではなく自ら考え動ける人材が大勢いる組織にする必要があると感じていたからです。たとえば、人事異動の時に、「異動先で何でもします」と言う人がいますが、そういうことではない時代になったということです。自分の強みを理解し、目指すキャリアプランに向けて自発的に学習し、挑戦してほしい、という思いです。
このような理由から、会社の成長と個人の成長両方を実現していく人材マネジメントに刷新しようと考えました。
そこからはパーパスやコアバリュー、明確な人事方針など。次々と明確かつ詳細な人事戦略を打ち出していきました。
新家:パナソニックには創業者 松下幸之助が残した数多くの名言があります。どれも意義深く、普遍的で共感する言葉が多いですが、一方で大局的な言葉も多く、実務にどう落とし込んだらよいのか、との課題も以前からありました。
ましてやこれからは、多様な社員が増えていきます。事業をスピーディーに進めるためにも、誰もが一目で理解、腹落ちできる指針があった方がいいだろうと考え、パーパスをつくりました。また、コアバリューはBlueYonderのバリューも参考にしながら、グローバル人材が見ても一目で分かるよう意図的に英語にしました。
黒川:策定しただけでなく、社員に広まる、浸透することが重要です。パーパス、コアバリューを会社の入り口や会議室のガラスなどに貼ってみるような取り組みも行いました。
トップや役員に身につけてもらうことで、経営戦略に直結しているものだと、社員に理解してもらおうとも努めました。あわせてエンゲージメントの高まりなども考え、社員のことを「CONNECTer(コネクター)」と呼ぶようにしました。
新家:そして、企業の成長に向けた事業戦略を明確に打ち出しました。その戦略を実現するポジションも同じく明確にし、従業員はそのポジションに対して挑戦することで、成長や成功を手に入れることができるようになります。このような個人の成長が結果として企業の成長や価値向上につながる成長サイクルをまわしていこう、との人事方針となっています。
会社と個人の関係性についてもこれまでの会社のためにから、お互いが選び、選ばれるとの対等な関係であることの重要性を社員へ伝えています。
そしていよいよ2023年の4月からは、ジョブ型人材マネジメントが始まると聞いています。
新家:現場、マネージャーに権限も含め人事機能を委譲し、職務起点の人材マネジメントを推進していきます。事業環境の変化や課題・ニーズの多様化に迅速に対応することはもちろん、キャリア自律やマネージャー層のマインドチェンジを考えてのことです。
ジョブ・ディスクリプション(以下、JD)もマネージャーが定義します。そのため現在は準備段階として、マネージャーの育成やサポートを実施。現状1,400名に対し35時間の研修を行いました。
一方で権限は委譲しますが、「JDが事業戦略に合致しているか」「同じく合致する人材を採用しているか」「予算内で行っているか」など、規律やリーガル的な点においては、人事がしっかりと機能していきます。
社員に対しては「決める・学ぶ・動く」の3つのステップで、自律的なキャリア形成を促します。まずはJDを見て、社員自らがどの職務や等級(役職)にチャレンジするかを決めます。JDには人材要件として、コアバリュー、リテラシー、職種別専門スキルが記載されています。各種研修やUdemy Businessなどの学習コンテンツも紐づけていて、これら学びのプラットフォームをLMS(Learning Management System)に集約し、ラーニングカルチャーの醸成も考えています。
ポジションへは手挙げ制とすることで、さらなるキャリア自律を促します。
JDの要件をどこまで満たしているかが基本的な判断軸ですが、すべてが数字判断になってしまうと制度が硬直化するのではないか、チャレンジ意欲を損なってしまうのではないか、と考えました。
そのため“経験”というようなある意味ファジーな要素も盛り込み、最終的には組織ごとにマネージャーが決める制度としています。
さらに、2023年2月には、メンバーシップ型雇用からジョブ型雇用の切り替えや副業制限を緩和するといった人事制度改革の発表もありました。ジョブ型雇用や副業しやすい社内体制の整備には、どのような狙いがありますか?
新家:私たちが目指しているのは、ジョブ型雇用への切り替えが目的ではなく、事業戦略と人材戦略が連携している世界です。そのためには、全員が自律した働き方をすることで生産性を高め個人も会社も発展をしてもらわなくてはなりません。副業も生活防衛が目的ではなく、副業をすることが会社にも個人にも発展をもたらすものなのか、働き方も生産性を高めることにつながるのかどうか、そのような視点での体制整備を行っています。
黒川:具体的には、これまで副業をするためには事前に人事部門などから許可をとる必要がありましたが、届け出をすれば副業が原則可能になります。自社とは異なるフィールドでの経験・人脈形成が社員のスキルアップとキャリア資本の蓄積に繋がると考えています。
全社員がキャリアについてフラットに楽しく語れる
会社を目指して
改めて2017年から取り組まれた経営・人事戦略や改革の成果、手応え、ならびに課題、これからの戦略などをお聞かせください。
新家:スピーディーに改革は進んだ、というのが正直なところです。オフィス改革は半年ほどで全事業部が実現しましたし、DEIの取り組みも2年目ぐらいになると、若い女性社員が率先して、チャンプを担うような動き、変化が見られました。そのような変化が他の事業所にも伝搬していきました。
このような良きモメンタムとは真逆で、従来の文化やマインドに固執している従業員が一定数いるとの課題もありました。
カルチャーは復元力も強いので、せっかく変わった社員が再び過去のカルチャーに戻ってしまうとの不安もありました。そこでこれまで継続してきたカルチャー&マインド改革のドライブは緩めることなく継続し、並行して変わらない社員、特にハラスメントなどについてはリーガル部門などとも協力しながら、規律を持って強く推進していく、との姿勢で進めています。
本コンソーシアムのテーマに繋がりますが、良きモメンタムについては、これからはトップや人事からの取り組みではなく、一人ひとりの社員が自発、自律的に進めてもらい、人事はその後押しやサポートをしていくフェーズだと考えています。
実際、カルチャー&マインド推進室はカルチャー&マインドハブへと変わります。社員自らがカルチャー&マインドを醸成し、伝搬していってもらいたい、との思いからです。学びも同様です。2023年4月より自律的な学びを支援する「CONNECTers’ Academy(コネクターズアカデミー)」を新設します。
私たちパナソニック コネクトは、パナソニックのグループ会社ではありますが、グローバルで戦っていけるよう、いい意味で尖った会社、人材として、突出していく必要があります。実現するためには、どのような思考やスキルが必要なのか。社員一人ひとりが日常の仕事を通じて自ら考え、改善して、実施していくことができるような場づくりやしかけを企画、実施していきたいと考えています。
黒川:現在、CONNECTers’ Academy準備室に所属している私が大切にしていることは、社員一人ひとりが自ら能動的に学び続ける仕掛けをつくることです。例えば、DXスキルがアップしていくと、バッジを発行するようなことを考えています。
参考となるCONNECTerにインタビューを行い、「カルチャー&マインドを変えることで、こんなにも生き生きと働けるようになった」といった社員の生の声や体験を、記事や動画にして発信していきます。
新家:2017年以降で整備してきた働き方に関する制度・仕組みは利用対象や目的が限定的でしたが、Place, Time, Experienceの観点で利用対象や目的を拡大していきます。2023年度から「働き方改革2.0」として更に個人が自律的に、よりイキイキと働ける環境をつくっていきます。
今後は「thriving(スライビング)」というキーワードで展開していきます。一人ひとりがイキイキと働くためのインフラは整えたので、これからは実践あるのみと考えています。
最後に、パナソニック コネクトさんが考える「キャリアオーナーシップ」。また、コンソーシアムに期待することを教えてください。
新家:私は長年パナソニックグループで人事業務に携わってきましたが、正直に話せば、違和感を覚えていました。まずは、「物をつくる前に人をつくる」との言葉です。キャリアとは人生で最も大事なものであり、会社がつくるのではなく、社員自らが構築していくものである、と考えていたからです。
しかし、今一度確認すると、松下幸之助は、会社・上司に、「物をつくる前に人をつくる」ことを求めている一方で、実は社員に対して、「みずからを育てていく覚悟をもつ」ことを求めているということでした。こちらはまさにその通りであり、だからこそ昨今の風潮は、健全な、あるべき姿への回帰だと考えています。同時に、経営や人事が変わるべき節目でもあると感じています。
黒川:私は研修の企画運営などに携わってきた中で、本来、キャリアは会社の枠を超えて、本人の人生そのものであるはずなのに、キャリアの議論がなされてもすべて会社内における昇格や異動の話で終結していることに違和感がありました。これからは、昇格や異動だけではなく、「10年先の自分がどのような人生を送っているのか」など、人生軸でのキャリアを、全社員が気軽に語れるような会社にしていきたいですね。
コンソーシアムへの参加は、まさにその一環でもありました。そして、異業種の企業の方とキャリアオーナーシップを中心に各種人事制度について、フラットに議論できています。さらなる交流を重ね、知見を共有させていただくことで、パナソニック コネクトならではのより良いキャリアオーナーシップを築いていきたいと、そのように考えています。
新家:企業単独の発想では、どうしても気づいていないことや、発展性に限りがあります。コンソーシアムに参加されている企業の皆さまと意見交換することで、新たな気づきや発想を得て、自社の取り組みに活かしたいです。逆に、我々の取り組みが参考になれば幸いだと考えています。
構成:杉山忠義・杉本友美(PAX)
企画:伊藤 剛(キャリアオーナーシップ リビングラボ)