かつては「モノカルチャー」で成功してきた
アサヒグループ
まずはアサヒグループジャパンさんの経営戦略について教えてください。
常務執行役員 CHRO 兼 People & Culture本部長 黒川 華恵(以下、黒川):まず、組織構造から説明させてください。アサヒは「アサヒグループホールディングス」の傘下に、アサヒグループジャパンをはじめとする、欧州、豪州、東南アジアのリージョンのRHQがあります。そして、さらにRHQ傘下に各事業会社があります。アサヒビールや、ニッカウヰスキーといった会社は、すべてアサヒグループジャパンの傘下のグループ会社です。
そして、グループを取りまとめるホールディングスのミッションは「期待を超えるおいしさ、楽しい生活文化の創造」です。
このミッションをもとに、日本市場を担当するアサヒグループジャパンでは、2024年から2026年にかけて、3カ年での経営戦略を立てています。その経営戦略は大きくわけて3つあります。
1つ目は「日本市場の事業ポートフォリオ最適化」です。将来的には、人口の減少とともに胃袋の数は減っていきます。私たちは食品や飲料を主に生産していますから、この市場縮小と向き合わざるをえません。アサヒグループを支えるうえで、この市場でなおビジネスを開拓しうる新たな事業ポートフォリオをつくる必要があります。
2つ目は「人的資本の高度化」です。先程のポートフォリオ最適化を実現するためには、人的資本経営を実現する必要があります。この点について、本日は詳しくお話しさせていただきます。
3つ目が「過去の成功モデルを振り返ったうえでの、ファンド創出」です。アサヒグループジャパンには、これまでに培った成功事例が多数あります。今一度それらを見て、自社の成功モデルに則った投資をしていきたい狙いです。
経営戦略の2つ目である「人的資本の高度化」を必要としたきっかけは、どこにあったのでしょうか。
黒川:過去のアサヒグループは、モノカルチャーで成功してきました。みんなで足並みを揃えて同じように考え、動くことが成功起因にあったのです。商材も、ビールを筆頭に日本の「おいしい」に注力してきました。
しかし、今の私たちには世界の市場があります。国内を見ても、ソフトドリンク、離乳食や粉ミルク、サプリメント、日用品から化粧品まで、アサヒグループが扱う製品カテゴリは大幅に拡大しています。
こういった状況を踏まえると、私たちは「日本のアサヒグループから、世界のアサヒグループとして成長する」ため、人材育成において次のステージへ行く必要性が出てきました。
日本の人材においても、例外はありません。たとえば、海外で活躍されている社員の中には、日本本社で働きたい方がいます。また、日本の社員が、世界の各社へ行くこともあるでしょう。そういった行き来を想定したとき、アサヒグループジャパンも例外なく人的資本を高度化する必要に迫られているのです。
人的資本の高度化においては、社員ひとりひとりがキャリアへ主体的な意識を持つ必要があると考えています。会社に翻弄され、異動で一喜一憂するのではなく、自分の軸を作ることで会社へのエンゲージメントも高まるはずです。その意気込みもあり、2020年4月にはキャリアサポートグループを作り、さらに2022年9月にはキャリアオーナーシップ支援室を新設しました。
他にも、上司とのキャリア面談、キャリアを考えるセミナーや研修、e-ラーニングでの自己研鑽支援、キャリアコンサルタント資格を持つ社員へカジュアルに相談する「キャリカフェ」のオンライン配信、不定期でのメルマガ配信で、キャリアオーナーシップを持てるよう支援しています。
変革を起こす前からアサヒグループの人材が持っていた強みには、どういったものが挙げられますか。
キャリアオーナーシップ支援室 理事 室長 林 雅子(以下、林):会社を愛する気持ちです。身近な商品を生産していることもあって、心からアサヒグループの商品を好きな方が入社してくださっています。自社製品が好きだから、売上に貢献したいとストレートに考えている。
そのために、社員同士で連携しようという気持ちも強くあります。同僚や同期で繋がりを持ち、飲みに行って仲良くなろうとする。自然と濃い関係性を築けるので、仕事でも助け合える文化があります。
黒川:たとえば、面接で「一緒に飲みたいと思ったから志望しました」とおっしゃる方がいるくらい、仲間意識が強い方が多いのです。社員同士が信じ合う力が強いですね。ですから、エンゲージメント・サーベイを調査しても、とても高いスコアが出ます。
一方、あえて課題を挙げるならば、キャリアオーナーシップを築いて自分らしい仕事をしたい、という意識は希薄だったかもしれません。素直に会社を愛して働いているからこそ、クリティカルに課題が見られました。
これは、必ずしも社員のせいというわけではありません。かつては人事主導で異動が決められていました。
だからこそ、今の私たちは人材への投資を強化し、キャリアオーナーシップを育成しようとしています。特にアサヒグループジャパンでは、単なる研修制度に終始するのではなく、中長期のキャリアを考え、上司と面談する「キャリアデザイン制度」を導入する等、学びを学びで終わらせないようにしています。そうすることで、実際に人材が高度化されたかを、しっかりと計測していきたいからです。
かつてと比べ、今のアサヒグループジャパンさんは人事制度で大鉈を振るっていらっしゃる印象を抱きました。新卒からいらっしゃる林さんは、どのような変化を感じ取っていますか。
林:私が入社した1991年当時のアサヒグループは、今とは全く違う環境に置かれていました。ですから、この変化に驚いてはいます。しかし、現状を見れば当然の流れであるとも思います。国内の採用においても、海外経験がある方を採用し始めていますし、イギリスで採用された社員が、日本で働いているケースも出てきました。
現在、黒川をはじめとする各リージョンのCHROが集まり、アサヒグループにおける「優秀な人材」の定義を議論しているところです。私達はいま、世界で一貫したミッションを共有し、実現のために努力しています。
グループ内で大きな存在であり続けるため、
本気でDE&Iに取り組む
DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)では、女性活躍に力を入れていらっしゃいます。伝統的な業界でもあることから推進に苦労された面もあるかと思いますが、いかがでしょうか。
林:確かに、今から10〜20年前の現場では課題が多かったと思います。そこから他社さんも含め、大きく環境が変わりましたね。アサヒグループの苦労でいえば、公募制度での課題がありました。たとえ社員が手を挙げて公募制度にチャレンジしたくても、優秀な部下であればあるほど、上司は引き止めたくなってしまう。そうして、公募制度の手挙げをブロックしてしまう課題がありました。
ですが、部下は上司の持ち物ではありません。人材の適切なローテーションを実現し、人的資本の高度化を達成するためにも、ハード面とソフト面、両方での支援が必要だと実感させられました。そこで、2023年からは管理職のコーチングスキル開発に着手しています。上司自身のキャリアオーナーシップを育てつつ、部下をコーチングもできる「カッコいい上司」を輩出したいですね。
黒川:現在、アサヒグループには2030年までに管理職の40%を女性にするという、野心的な目標があります。率直に申し上げて、日本は世界各社の中で、遅れを取っている状況です。そこで世界と肩を並べるためにも、ジャパンのグループ各社にいる役員が、真剣に女性をどこへ配置するか議論しています。「現実的に考えて、いまの段階でこのポストに女性は配置しづらい。けれども、あのポストなら入れる」といった議論を重ねているのが現状です。
また、DE&Iでは女性だけを見ているわけではありません。たとえばLGBTQ+の方など、あらゆる人が働きやすい環境を作るため、ジェンダーレストイレを増設するなど、さまざまな取り組みを始めています。海外人材についても、人事が率先するかたちで登用しています。
そこまで、DE&Iに力を入れる理由は何があるのでしょうか。
黒川:事業の成功に、人的資本の高度化、ひいてはDE&Iが不可欠だからです。これらの取り組みはすべて、アサヒグループジャパンが、アサヒグループホールディングス全体の中でも、大きな存在であり続けるための挑戦だと捉えています。
アサヒグループジャパンが強くありつづけるためには、プロフェッショナルが活躍できる場を作らなくてはいけません。たとえ日本から海外へ飛び立とうとも、そのまま活躍できるようなプロを育成し、ホールディングス全体に寄与できる人材にする。それこそが、今の私たちが目指す人材像です。これを達成するためには、モノカルチャーの時代に培った良い面を維持しつつも、多様性を活かせる会社に進化する必要があります。
林:実は、印象深い思い出がひとつあって。かつて、ある女性部長が「強い女性しか部長になれないのは問題だ」と語ってくれたことがあったのです。私もそれに共感しました。マネジメントには能力が必要ですが、マネジメントスタイルは多様であり、いわゆる強さで押し進める力だけとは限りません。活躍する社員のスタイルにも多様性をもたせ、数多のプロフェッショナルが活躍するプラットフォームとして、アサヒグループの変革に尽力できればと思います。
アサヒグループジャパンを「多様なプロが活躍できる
プラットフォーム」に育てたい
アサヒグループジャパンさんでは、以前よりセミナーや面談を通じてキャリアオーナーシップの育成を支援する「セルフ・キャリアドック」を実施されていますが、進展はいかがですか。
林:着実に推移しています。現時点で、累計1,000人以上の社員がセルフ・キャリアドックのプログラムを利用しました。以前はセミナーだけ必須にして、面談は任意としていました。ところが、セルフ・キャリアドックを実施したところ、セミナーと面談の両方を経験した方は、キャリアオーナーシップに対する意識が上がる結果が出ました。そのため、現在は面談も必須としています。
アサヒグループジャパンは国内に1.3万人の社員を抱えており、1,000人の受講者数は「まだまだ」という認識です。今後も受講者数を増やし、キャリアオーナーシップを育成していきたいですね。
黒川:アサヒグループジャパンは、公募制度、セルフ・キャリアドックなど、さまざまな施策が動く過渡期にあります。アサヒグループジャパン本体では、徐々にキャリアオーナーシップが浸透し、社員同士もフラットに相談しやすい社風が育ってきました。他方、各事業会社はトップダウンの社風が残っているところもあります。
トップが号令を出し、部下が一律で動く社風があったからこそうまくいった事業も多数あったと思うのです。だからこそ、事業会社が持つ尖った強みは、そのまま活かしたい。そのうえで、各社のプロフェッショナルが世界のグループ各社でも活躍できるようなキャリア形成を支援していきたいです。
そういった狙いもあり、現在は「人的資本の高度化」を大テーマとしつつ、さらに細分化した6つの分野でカウンシルを設置しました。各事業会社の人事にこのカウンシルへ参加してもらうことで、個社を超えて意見を交えています。中には、自主的に合宿を開いて議論するなど、熱意をもって取り組んでいるチームもあります。多様な人材が会社を超えて意見を交わすことで、私たちの目指す未来へ、少しずつ近づいていきたいですね。
構成:伊藤 ナナ・杉本 友美(PAX)
企画:伊藤 剛(キャリアオーナーシップ リビングラボ)