田中研之輔先生による「キャリアオーナーシップの基礎知識」
ガイダンス
「キャリアオーナーシップとはたらく未来コンソーシアム」も第3期を迎えました。よし、やるぞ、という気持ち、新しい顔ぶれでスタートしたいと思います。
これまでを振り返ると、本コンソーシアムの第2期では、白書を出しただけでなく、キャリアオーナーシップ経営に注力されている企業を表彰する「キャリアオーナーシップ経営 AWARD 2023」も設立しました。受賞された企業さんへお声がけさせていただき、38もの企業・団体が集まって第3期をスタートできました。
ここでは、キャリアオーナーシップ経営の背景にある、人的資本経営の歴史について紐解きます。人材を資本としてとらえ、その価値を最大限引き出すことで中長期的な企業価値の向上につなげる経営を目指す「人的資本経営」が、政府主導で注目されています。
政府の方針として「キャリアは与えられるものから、自分で選択するものへ」と、大きく転換したわけですね。特に政府はコロナ禍を経て、終身雇用モデルから、キャリアオーナーシップ経営に振り切っている。だから、リスキリングの話も出てきているわけです。さらに、グローバルでも人的資本経営、キャリアオーナーシップ経営に注目している学者が多数います。
2020年9月には、「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 」、通称「人材版伊藤レポート(PDF)」が公表されました。この「伊藤レポート」を主導した一橋大学CFO教育研究センター長の伊藤邦雄先生と、私も共に活動しています。
人的資本経営のために必要なのが、社員一人ひとりが自律したキャリア設計をすること、つまりキャリアオーナーシップです。そして、キャリアオーナーシップを支援するかたちで人的資本経営を実現するのが、キャリアオーナーシップ経営と言えます。
そして、「キャリアオーナーシップとはたらく未来コンソーシアム」を開催し、第3期までやってきたなかでわかった重要なポイントは、「とにかくキャリアオーナーシップ経営をやりきれているか」です。みなさんが無理だと思ったらやりきれないんですね。
この「やりきる」以前のデータは出揃っています。これまでに、パーソル総研さん、リクルートさん、マーサーさんで統計データを出しました。そこで、キャリア自律が企業の中長期的な成長に貢献することは、明らかになっています。
データでこれだけの成果が出ているのに、なぜキャリアオーナーシップ経営が浸透しないのか、なぜやりきれないのか。第3期では、それを明らかにしていきたいと思います。
第3期の参画企業群の社員数は168万人くらいです。これはかなり大きなキャリアオーナーシップ経営の土壌です。ここで、できないよというのであれば、本当のキャリアオーナーシップ経営はできなくなってしまいます。
だからこそ、短期でやりきる覚悟が必要です。「このコンソーシアムは、第4期、第5期もあるだろう」と考えるのではなく、第3期の期間内で、キャリアオーナーシップ経営の浸透までやりきる思想を持っていただきたいです。
なお、私が紹介しているスライドは著作権フリーですから、上長や経営陣への報告に使っていただいて構いません。使っていただいてでも稟申していただかなければ、社会的インパクトは生まれないですから。
最先端のキャリア研究で「プロティアン・キャリア(PDF)」という概念があります。これは、社会の変化に応じて自由自在に変えるキャリア形成のことです。プロティアン・キャリアではキャリアを決めるのは個人であり、会社ではありません。
では、個人はどのような視点でキャリアを考えるか。その要素を抽出したのが、この英語の図です。キャリア形成における内的事情では、子育て、介護などの事情が絡みます。外的事情では労働市場や雇用契約が入ってきます。さらに本人が持つリーダーシップなどが加わって、最終的なキャリアは形成されます。ではそのキャリア形成はどんな部分へ影響を及ぼすか。その答えは「仕事の成果、健康、幸福(ウェルビーイング)」の3つです。
私たちは自律的にキャリアを考えないと、仕事の成果もおぼつかないうえ、健康や幸福まで損ねるわけですね。私たちはキャリアのために、人生を台無しにしてはいけないんです。自分を犠牲にして働くやり方は、もう通用しません。
だからこそ、キャリアオーナーシップが個人に求められているのです。
キャリアオーナーシップ経営への打ち手100個
本日(2023年7月18日)、コンソーシアム活動の成果物「はたらく未来白書 2023」の別冊にあたる「キャリアオーナーシップ経営の打ち手100」が公開されました。これをご覧いただくとわかりますが、キャリアオーナーシップ経営を推進するための打ち手は、100種類もあるんです。
なぜ打ち手が100も出てくるのか。例え話をしましょう。みなさんが英語を学習するとします。英語の学習法は、たくさんありますね。文法、スピーキング、リスニングと分けても、さらに細分化してやれることがあります。キャリアオーナーシップ経営でも同じで、やれることは100個もあるのです。ぜひこの「キャリアオーナーシップ経営の打ち手100」をご覧いただいて、みなさんの企業は100個中3つできているな、70個もできているな、といったチェックに使ってみてください。
「キャリアオーナーシップ経営の打ち手100」では自律、健康、幸福、ウェルビーイング、キャリア、D&I(ダイバーシティ・アンド・インクルージョン)を、まるごとキャリアオーナーシップ経営としてとらえ、打ち手を挙げていきました。みなさんの企業でどれができていて、どれができていないのか。ぜひ、みなさんもこういったキャリアオーナーシップの話を、自社の広報やマーケと連携し、発信してください。
それぞれのCHROや、キャスティングしていただいた方とのリッチなインタビューも出ています。とにかくみなさんで繋がってほしいですね。キャリアオーナーシップ・ネットワークを作っていただきたいです。
知見は揃っている、アクションプランもある。でも、現場ではできないこともある。それを任せない。我々でやりきる。そのために他の企業さんの話を聞く。オープンにして、ナレッジを開いていく。エンジニアがアジャイル型で開発を進めていくのと同じように、我々のコンソーシアムもそういう場にしていきたいと思っています。
ここにいる皆さんは、年齢的にあと30年くらいは働ける方々です。キャリアオーナーシップ経営で社会を変えましょう!
第3期コンソーシアム研究会について
第3期では、さらに発展して実践論を取り組んでいくことになります。第1回となるキックオフ・ミーティングでは、各社から事前に提出してもらった議論・実践したいテーマと自社の課題を基に、事務局で近しいテーマに関心がある企業同士でグループ分けを行い、「課題テーマ検討ワーキンググループ」を作り、取り組みたいテーマについて話し合いを行いました。
ワーキンググループA:共通課題「経営を推進するマネジメント層の変革」
経営層のやる気、機会提供、ウィルがあったとしても、マネジメントの忙しさやスキル不足、手上げを応援できる組織の環境が未成熟であること、取り組むべき論点について話合いました。
ワーキンググループB:共通課題「越境による組織と個人の非連続な成長、社外交流/組織を超えた成長づくり」
非連続な成長に向けて、越境のパターンがある。得たい成果に与える刺激・インパクトなのか、それとも持って変えることなのか、中長期の人材成長かなど、目的をもとに試作をつくるべきと議論をしました。
ワーキンググループC:共通課題「人材データ・事業貢献の見える化、人財投資のROI」
人材データの事業貢献の見える化をテーマに話し合いました。多用な人材と事業の相関をどう測るのか。測る前提となる「個人のウィルをどう育てるか」や「キャリア自律をどう浸透させるか」といった議論も出ました。この1時間だけでも非常に刺激的な議論になった。
ワーキンググループD:共通課題「組織文化変革①業種特性の高い職場のC/O意識(製造現場、エッシェンシャルワークなど)」
キャリアは名詞ではなく動詞で「なにをするか」で語る必要があるという共通の理解が出来ました。どうしても今の会社のシステムだとタスクマネジメントが評価されやすいので、変えていかないといけないのかなという話をしたほか、ピープルマネジメントが制度として評価されるように設計しなくては、キャリアオーナーシップを設計できないのではないのかといった問題提起もありました。
ワーキンググループE:共通課題「組織文化変革②従業員浸透の打ち手」
従業員への浸透施策として、eラーニングやYouTube、さまざまなツールを使っているという話が出ました。しかし、その成果が実感まで落ちているかというと、課題があると考えています。今後も継続しつつ、どう改善していくかについて議論しました。
ワーキンググループF:共通課題「組織文化改革③主体的なリスキリング文化の醸成」
リスキリングがなぜ進まないかを、自己と環境に分けた。ポイントはキャリアオーナーシップだが、このワーキンググループは、どちらかというと平均勤続年数が長い企業が集まっているので「このままでいいんじゃないの」という社員が多い。一方で、リスキリングに取り組む動機を作るために、危機感を煽るのはよくないと考え、どう前向きに対処してもらえばいいか、という議論をしました。
ワーキンググループG:共通課題「キャリア支援の形成具体策、さまざまな対話の推進(キャリア、経営、女性活躍ほか)」
各社のキャリア形成支援の課題を見える化していった。大方はダイバーシティの推進、特に女性活躍で悩む方が多く、また、人事データの活用が課題としてでてきた。業種、ニーズの規模も違うなかで、どういった人事制度の違いがあるか、コミュニケーションを深めました。
ワーキンググループH:共通課題「これからの人事部門のケイパビリティ」
事業部がキャリアオーナーシップを問われる新時代で不安感を抱いている中、この会社、事業部でのHRがあるべきポジショニングを改めてどこが適正かを示すことが、キャリアの実現に繋がるという点をお互いに確認し合いました。
最初の2カ月はこのワーキンググループで、「コンソーシアムで議論・実践したい課題テーマ」について話し合います。話し合った内容を基に、第3期のコンソーシアム活動で議論・実践する課題テーマを決定。分科会に分かれて議論をしていきます。最終的には1月以降に実践論を持ち帰っていただくこと、研究会活動レポート「はたらく未来白書2024」を発表する予定です。
構成:伊藤 ナナ・杉本 友美(PAX)
企画:伊藤 剛(キャリアオーナーシップ リビングラボ)
グラフィックレコーディング:松田 海(ビズスクリブル株式会社)