自分のキャリアは、自分で切り拓いていく
法政大学キャリアデザイン学部・大学院 田中 研之輔(以下、タナケン先生):
有沢さん、本日はよろしくお願いいたします。
有沢さんが銀行員時代に書かれた本では「本人が主体的に自分のキャリアを選択することができるようサポートすることが、人事の仕事である」と表明なさっています。10年ほど前の本ですが、この頃から「主体的なキャリア形成を応援する」ということに気づかれていたのですね。
カゴメ株式会社CHRO(最高人事責任者)常務執行役員 有沢 正人(以下、有沢):
はい。当時、私は新入社員や若手の銀行員へ向けた研修をしていました。
そこで、「なぜ銀行員が銀行員と言われて、他の会社の人たちは会社員と呼ばれると思いますか」と問いかけていたのです。
その言葉の差として「銀行が産業の中心で社会的使命を負っていると思われているから」という回答がありましたけれど、自分たちも普通の社会人だということを自覚するよう伝えました。一方、銀行員だけで終わるのはもったいない、自分のお取引先などと話していく中で自分のキャリアを自分で切り拓いていくように、ということも話していました。
タナケン先生:
ありがとうございます。有沢さんがキャリアを切り拓く重要性に触れてくださったところで、本題に入りましょう。今開催している「キャリアオーナーシップとはたらく未来コンソーシアム」には、6つの分科会があります。その分科会から提起された7つの質問を有沢さんと一緒に考えていきたいと思います。
1.(方針伝達):総論賛成・各論反対のブレークスルー方法
1つめは、「経営層が変わろうと動く中で、反対する執行役員や事業部長クラスの理解を得るための方法」についてお伺いしたいです。
経営層(社長)は、キャリアオーナーシップや主体的なキャリア形成の必要性を理解しています。一方で執行役員や事業部長クラスは、会社の意向を優先し、個人のキャリア形成については反発したい気持ちがあります。これについて、どうすればいいかを有沢さんにアドバイスをいただきたいです。
有沢:
カゴメでも、副業を解禁しようとしたときは執行役員や事業部長クラスが大反対しました。
副業を認めると、優秀な人から辞めてしまうのではないかと危惧しているのです。
しかし、優秀な人が辞めるのはカゴメに魅力がないから。カゴメが魅力ある企業ならば辞める人が出ないだけでなく、採用活動において優秀な人からの応募が集まります。そう伝えて副業制度を開始しました。
人事制度を変える、新しい制度を導入するというときには、必ず反対が起きます。執行役員からは部下やお客様が納得しないという声が出ます。しかし、私は「お客様が納得するかしないかはあなたたちの仕事なのだから、お客様の理解が得られないというのは仕事しないと言っているのと同じだよ」と話しています。
施策の実施から2〜3年経つと、その制度を自分たちも使っていいのだと思われるようになります。弊社でも現在、5人の執行役員が副業をしています。そのうちの何人かは、副業の制度を導入するときに猛烈に反対していました。それが今では、副業が当たり前になっているのです。
タナケン先生:
新しい制度やキャリアオーナーシップ経営についてスタート地点から100%の理解を得られなくても進み出そう、ということですよね。まず理解していただいた方達から動き出す、やってみる、そしてスモールケースを作っていく。そうするとボードメンバーも変わっていく。
その変化のためには、2年くらいをみておけばいいですか。
有沢:
2年あれば大丈夫です。3年以上経つと「やってもダメだな」という空気になります。スピード感が大切です。
一方で、1年で全てをやり切ろうとすると無理が出てきます。人事の横暴だとか、みんな反対しているではないか、と言われてしまう。これは私の経験則ですが、ちょうどいいのが2年です。
2.(戦略共有)戦略人事の先は?キャリアオーナーシップ人事への期待
タナケン先生:
有沢さんと法政大学の石山先生が書かれている本がありますね。
そこで石山先生が書かれていたのが、「戦略人事とサスティナブル人事を掛け合わせていくことはできないと思っていたけれども、それを成し遂げたのが有沢さんだ」ということでした。有沢さんは、サスティナブル人事にも関心があったのですか?
有沢:
正直に言うと、サスティナブル人事という言葉が出てくるまでは、あまり考えたことがありませんでした。サスティナブルという言葉が「持続可能性」と言われた瞬間に、自分がやってきたことは今言われている、サスティナブル人事と同じことだと感じたまでです。
サスティナブル人事に限らず、毎年1回や2回は、みんなに「えっ!?」と驚かれることをするのが大事だと思っています。中期経営戦略で決められたことだけをやるのではなく、それに付加価値をつけていかないとマーケットバリューのある人間が育たないのです。だから持続的に、常に変え続けることが大切です。
もちろん変えてはいけないこともあります。ただし、毎年環境は変わっています。たとえば、コロナの流行やウクライナで戦争がおきたときに、人事は必ず変わらなければいけません。それをどうやって敏感に変えていくかを考えたときに、持続可能性やサスティナブルという言葉が当てはまっていると思いました。
タナケン先生:
キャリア開発の観点からすると、サスティナブルなどSDGs系の言葉は現場から遠いと感じています。環境やガバナンスなどは、自分の目の前の仕事と結びつきが遠い感覚があります。キャリアオーナーシップ経営も持続的な取り組みです。社員一人一人の目の前にある仕事を主体的にしていきたい、という想いで「自分のキャリアオーナーシップを持とう」と発信しています。
戦略人事・サスティナブル人事・キャリアオーナーシップ経営が三つ巴で良い方向に向かって走っている……。そういう意味で、戦略人事の先を有沢さん達は行ってきたということですね。カゴメが提唱する「生き方改革」などは、まさに戦略人事というフレームの先を目指したものであったのではないでしょうか。
有沢:
そうですね。カゴメでは、会社視点の働き方改革と、個人視点の暮らし方改革を進めています。働き方改革では、少ないインプット(時間)で大きなアウトプット(パフォーマンス)を出すことが求められています。個人視点では、家族全員が一緒に暮らすのが当たり前の世の中になっています。それが、暮らし方改革です。その2つを合わせたのが、生き方改革なのです。
個人の生き方を変えるために、会社と個人のバランスをとれるようにいろいろな制度を整備しました。たとえば、地域カード(一定期間は勤務地を選択できる制度)を作ったり、マネジメントをしなくても上にいけるスペシャリスト(専門職)制度を導入したり。こうしたことを毎年行うことで「ウチの会社では、自分の自由に生きていいんだ」というのが、社員の頭の中に刷り込まれていくのです。
3.(組織文化)組織文化の醸成を達成するために何年必要と目標設定することは可能か?
タナケン先生:
先ほど、執行役員に関しては2年くらいで行動変容を起こせるという話を伺いましたが、もう少し全体の組織文化についてお聞かせください。
仕事は組織が与えるもの、社員はキャリアを考えなくていい、という企業が沢山あります。その中で主体的なキャリア形成を育むキャリアオーナーシップ経営を伝達していくときに、どのくらいの期間が必要なのかと訊ねる方がいます。人的資本の情報開示なども連動しますが、人事がKPI(数値目標)としてどれくらいの目標設定をすることが可能なのでしょうか。何年くらいかかりますか。
有沢:
2年か3年です。それ以上かかると、みんな変わらないと思って諦めてしまいます。
カゴメは、メンバーシップ型雇用を120年続けてきた歴史があります。それを変えた最初の施策が、役員に職務等級制度を導入したことです。また、役員のKPIシートを全社員に開示しました。これで一気に変わりました。社内報で社長の年収の実額を公表したのです。それを見た本部長や部長は「こんなことを書いていいのですか」と私のところに来ました。「何か問題がありますか?」と答えると「カゴメは変わりましたね」と言うのです。そのときに、カゴメは変わるな、と確信しました。
また、役員のKPIシートが公表されたのを受けて、本部長達が「次は私たちですよね」と。そうやって3年かけて役員、部長、課長とジョブグレード制度を導入していきました。カゴメでは、徐々に制度の適用範囲を拡大していったことが成功につながったと考えています。
タナケン先生:
3年くらいのスピード感というのは、中期経営計画に落とし込むのにフィットするということですよね。
有沢:
そのとおりです。中期経営計画で「変えます」と言うだけでは変わりません。何をどう変えるかという具体的な事例をどんどん示していく必要があります。
中期経営計画の1年目に全ての施策を羅列するようなことは、しなくていいです。「こういう方向性でやる」というのを中期経営計画の目標におきます。その方向性に合った施策を続けて出していくと、中期経営計画の3年間の中でこういうことを本気でやろうとしているのだ、というのが伝わります。
KPIシートは全社員に開示されているので、今年はこういうことをやるのだ、というのが分かります。透明化、可視化というのが大事なのです。そして、透明化や可視化とともに、変わることに対する心理的安全性を担保してあげること。この2つが組織文化の醸成の上では必須であると考えています。
タナケン先生:
今年は人的資本経営元年と言われていて、来年はアクションしていく年、つまり人的資本を最大化していく1年になっていくと思います。「世の中の流れとして、今これが大切なのだ」というのを準備しておくことで、2023年から2025、2026年に向けて、中期経営計画に落とし込むような動きに取り組んでいってほしいですね。
4.(役割転換)管理職に替わる役割と言葉
タナケン先生:
私は、管理職という呼び方に違和感を持っています。管理することが仕事ではないと思うのです。代わりにグロースマネジャーという言葉を使っているのですが、マネジャーというのは人を最大化していくプロデューサーですよね。有沢さんは、どういう言葉を使っていますか。
有沢:
田中先生と同じで、管理職という言葉は嫌いなので「管理職研修」をやめて「リーダーシップ研修」に変えました。リーダーシップは、誰しもが持っています。ただ、これまでは発揮する機会がなかっただけです。経営の仕事というのは、管理職と呼ばれていた人たちにリーダーシップを発揮する機会を提供することです。そして、これからは変革の主導者になるということがリーダーシップを発揮することだと考えています。
これから管理職に求められることは、変わることに対して主体的に動けることです。それに追随して、確かに自分も変わらなければいけないと考える人達が、いわゆる担当職です。こうしたことを組織的に行う人が経営職というイメージです。
タナケン先生:
具体的に、管理職の代わりに何と呼んでいますか。
有沢:
カゴメでは課長をマネジャー、部長をコミットメントスタッフ(CS)と呼んでいます。自分の結果にコミットする人なのです。自分の結果責任を負うとともに、自分が何を変えたかということに対する役割責任もあります。あとは、人材育成について自分がどれだけコミットできたか、ということです。
部長に対する評価をCSセッションと呼んでいます。「あなたは、何を変えましたか」「どんな付加価値を付けましたか」ということ、つまりイノベーティブなことで何をしましたか、というのを評価します。リーダーシップを発揮して、変革のチェンジリーダーシップをとることに評価の重きをおきました。
5.(行動変容):カゴメのマネジャーが変わるきっかけ?そのステップは?
タナケン先生:
今のお話とも関連しますが、5つ目の質問として行動変容についてお聞きします。マネジャーやCSが変わるきっかけとなったのは、評価ですか?どんなステップだったか教えてください。
有沢:
一番大きかったのは、評価のシステムをKPI評価シートに切り替えたこと、さらにKPI評価シートを全て定量化したことです。
以前は、評価するときに「期待どおり」とか「上位相当の職種に値する仕事をした」とありましたが、やめました。人によって評価基準が変わる表現から、定量化された評価項目に対して点数をつけるようにしました。そのため上司が変わっても評価の軸は変わりません。それが、マネジャーの心理的安全性を担保したのです。マネジャーの行動変容が起きると、マネジャーが部下に対しても行動変容を促します。部下のKPIシートも定量化された書き方になるのです。
自分のキャリアを自律させるためには、フォーマット化されたところに自分がどのような情報を入れていくかということを自分で決められるようにすることが大事だということです。
タナケン先生:
てっきり、「主体的にキャリアを意識して行動したいから、私は下期にこうしたい」と書いたKPIシートを、部署を超えて見られるというのをイメージしていました。御社では、そのシートに対してKPI評価として5段階評価のようなジャッジがついている部分も、丸見えということですか。
有沢:
丸見えです。ただ、5段階評価ではなく、できたかできていないかです。全部できていなかったとしても、ここまでできたら大丈夫、というのはあります。たとえば、研究開発本部のマネジャーが6本の論文投稿を目指す、としましょう。結果として5本しか投稿できなかったとしても5/6だから80点ですね、と定量化できます。0か1ではなく、そのなかでどのくらいできたかを判断できるようにしています。
タナケン先生:
極めて本質的で主体的な実力主義、という感じでしょうか。
有沢:
そうです。やるかやらないかは本人次第ですし、やらなくてもかまわない。しかし、やらなければ自分の行きたいポジションへ行けない、ということです。ただ、行きたいところへ行くためにどうしたらいいか、ということはHRBP(人事ビジネスパートナー)のアドバイスを受けながら自分で考えられるようにしています。
6.(キャリア面談):質の悪い1 on 1を改善するための方法とは?
タナケン先生:
今のお話とつながるのですが、キャリアオーナーシップ経営を展開する上で、1on1を企業は大切にしています。
1on1をしている日本企業では、評価者面談とキャリア面談を同じ人がやらざるを得ないこともあります。そのため、1on1が形式的になるなど、質の悪い1on1が散見されるという悩みが出ています。その点、カゴメでの現状をお聞かせください。
有沢:
弊社ではHRBPが1on1をしています。上司との1on1もありますが、そこで行っているのは業務に対する評価と指導です。HRBPの1on1は、気づきを与えるサポートと自律を促すことが目的です。こうすることで、上司とHRBPの役割を分けているのです。
1on1は1時間で行っていますが、私は時間を区切らなくていいと思っています。本人が話したいことは、全て話してもらうように伝えています。本人にキャリアを気づいてもらうために時間が必要なら、その時間を惜しむべきではないというのが、私の考えです。
タナケン先生:
HRBPは、キャリアコンサルタント資格を持っていますか?
有沢:
キャリアコンサルタントと、産業カウンセラーの資格を持っています。
初代HRBPは、営業と生産調達と本社の3名でしたが、みんな人事の経験はありませんでした。3名に共通しているのは、人脈が豊かであること、ヒューマニティーが豊かであること、コミュニケーション力が高いこと、何よりも人のことを気遣って部下の成長を心から願っている人たちであるということです。