田中研之輔先生が語る「なぜ、今、新人材戦略を考えるのか?-経営戦略とキャリアオーナーシップ-」
私は客員研究員としてアメリカのUCバークリーにおりまして、2008年に日本に戻ってきてからは法政大学で13年間、キャリア論を専門としています。ただ、研究者が大学にいつづける時代ではないと思ってまして、企業の顧問としても活動しています。
専門がキャリア論という分野ですので、「企業様の動きを知らずして語るな」っていうのを信条にしていて、ベンチャー企業さんや大手企業さんの人材育成プログラムの開発もやっています。
今のキャリア自律の最先端の理論を「プロティアン」という書籍にまとめていて、専門的に研究する中での1つの答えを示しています。
そこに書いている内容にも重なるのですが、キャリアオーナーシップの何が良いかと言うと、根本的なところでやっぱり働く人々がより良く働きがいを感じながらそれぞれのパフォーマンスを最大限に発揮することで、個人と組織の関係性をより良くするということです。この「プロティアン」というのは個人と組織のつながりを考える「関係論的アプローチ」が軸なんですね。
さて、皆さんと一緒に、1年間、当コンソーシアムで、日本を代表する企業のなおかつトップ層の方々と何を考えるか。大事なテーマは「これからの企業価値創造に向けて何をするべきか」だと思うんですね。
経済産業省から出された「人材版伊藤レポート」(持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書)は皆さんも読まれているでしょうか?そこでは、人的資本を最大化しましょうという方向性が書かれています。ただ、皆さんもそのレポート読むと分かると思うんですけども、やりかたが書いてないんですよね。その「やりかた」について、皆さんと一緒に考えたいっていうのが今回の狙いです。
今の時代に求められている経営戦略と人材戦略のあり方を考え、一つの組織・企業に閉じるのではなく、皆さんとこういった場で対話を重ねながら、それぞれの取り組みを展開することで、方向性が見えてくるんじゃないかなと考えています。
日本企業の課題は何かと言うと、例えばグローバル化、デジタル化、少子高齢化などなど変化が激しくなることで、競争力の勝ち筋が何なのか、見えなくなっていることだと思うのです。私も企業の現場に入ってるとやっぱりそれをひしひしと感じる部分があります。
例えば、人材戦略において、多様化については分かってきた部分が大きいと思うのです。多様化のサポート、キャリア戦略なんかもやり始めている企業は増えています。
けど、そもそも、更にパフォーマンスを高めるには、もっと具体的な議論が必要だと考えています。自律的なキャリア構築を進めるにあたり実際に何をしたらいいのか、人事制度をどう変えたらいいのか、戦略人事のフレームをどの方向に引っ張っていけばいいのか、などなど、どのあたりまで進んでいて、どのような課題にぶつかっていて、どう乗り越えようとしているのか。それを各社さんと共有したいのです。それができる場は、今のところおそらく、このコンソーシアムしかないかな、と考えています。
人事部門が「管理部門」から「戦略部門」に変わる必要性
主な課題は二つあると考えています。
課題の一つ目は、皆さんの企業には当てはまらないかもしれないですけど、一般的に大手企業さん、特に大きい老舗企業さんでは、人事部門が管理部門になってしまっているということです。
これが凄く日本的雇用を支えてきた部分でもあるし、今ブレーキをかけてしまっている部分でもあります。人事部門がいかに成長戦略を担うのかということです。
グローバルシーンと比較すると、良くも悪くもやっぱり六割ぐらいが管理部門になってしまっています。
課題の二つ目は、人事戦略と経営戦略との関係性がやっぱり遠いということ。
人事戦略と経営戦略が紐づいていないよねってことが、我々の現在地として確認すべきことかなという風に思ってます。
今回のコンソーシアムで皆さんにお願いしたいことは、CHROの方、経営企画や経営層の方達も巻き込んでもらうことです。スポットでも良いのでこの場に入ってきてもらえれば、この人事と経営戦略というのを近いところで考えることができると思いますし、この場をそういう機会にしていきたいなという風に思います。
さて、今日、皆さんと話していきたいのは、これからの「人材戦略」です。
従業員を管理・マネージメント・調整するという従来の人事部のフレームから、いかに人事部門の成長を促して「戦略人事」に移行していくかにフォーカスを置きたいなと思ってます。
こういったデータがあります。従業員が自ら主体的に働くと企業は成長するというものです。
そのようなエビデンスもあって、自律型キャリア、自律した従業員はパフォーマンスが下がる、と思われている企業さんには今回お声掛けしていないです。既にそれをやられている企業さんと一緒に考えたいなという風に思ってる訳です。
その上で、私が色々とヒアリングさせていただいた結果、先ほど申し上げたような課題に今どの企業も直面しています。恐らく皆さんもこの問題を感じられたことがあるんじゃないかなと思います。
企業内キャリア形成を阻む「三つの課題」
ところで、キャリア形成を20代、30代のファーストキャリア形成期、40代、50代のミドルシニア層、そして役職定年後のシニア層と長いレンジで見たときに、企業内のキャリア形成を阻む三つの課題があるのではないかと考えています。
まず、20~30代のファーストキャリア形成期における課題です。この世代は、多くの従業員が、これからのキャリアってどうすればいいんだろうと、キャリア展望に迷っています。そういう時に転職する方が増えたりするんですね。これが一つ目の課題です。
次に、私たち世代、今日ご参加されてる方の中にも多いかもしれないですが、40~50代のミドルシニア層の方達の持つ課題です。そういった方達は、組織内キャリア依存が起きているという問題があります。多くの方が、キャリアオーナーシップを自覚できずに、組織にキャリアを預けてしまっているのです。これが二つ目の課題です。
研修や講演の場では、ミドルシニアの皆さんには、本当に組織にキャリアを預けていいんですか、それでしっかりとやりがいや働きがいを確認しながら、ビジネスパフォーマンスを最大限発揮できてますか、という投げかけをしています。すると、最初はシーンとするのですが、段々とそれではまずいなということに気が付いていくんですね。
そして役職定年後のシニア層の課題です。この世代は、役職を降りた時から、仕事へのモチベーションが下がってしまうケースがよく見られています。とはいえ、今は人生100年時代ですから、シニア層に関してもキャリアについてしっかり考えていただく必要が出てきます。これが三つ目の課題です。
そのような課題に対する、解決に向けたメッセージを、社会に対して、このコンソーシアムから発信できなかと私は考えています。
我々は企業間の壁を越えて、より良き未来を作る為に、このコンソーシアム内だけに知見を留めるのではなく、発信していきたいのです。今回は日経さんもメディアパートナーとして入ってくださっていますので、力になって下さるでしょう。
そのためにも、私たちが今何をすべきなのか、今我々はどこにいるのか、各社さんの現在地を教えて頂ければという風に思っております。そして、新しい人材戦略を立ち上げたときに、どこまで実現できるかについてもあわせて考えていきたいのです。
皆さんも実際取り組んでいることもあると思います。例えば、コンソーシアムに参加されている企業さんについては、キャリア開発研修もほぼ行われていると思います。あるいは、社内公募制度がある、1on1をやっている、ジョブローテーションをやってる、FAをやってる、セルフキャリアドックを導入している企業もありますよね。
しかし、実際にそれだけが果たして経営戦略と人材戦略の中で、適したキャリア開発支援プログラムなのでしょうか。実際に効果があるのか、その辺りもこれから一緒に考えていきたいと思います。
私自身は知見は持っているので、皆さんに方向性は共有できるのですが、本当に何がプログラムとして参加企業の皆様に刺さるのかというのが見えてないという状況です。
皆さんの先進的な、先駆的な事例の中から、皆様の動機につながる思いを引っ張り出し、その構造や本質部分を皆さん以外の企業さんにもこれから伝えていきたいというのが正直なところであります。
「自律型」はこれからのキャリアのあるべきかたち
従来型のキャリアである、一つの組織の中で昇進、昇格していくという組織内キャリアも大切だとは思っています。しかし、これからのキャリアというのは自律型のキャリア、キャリアオーナーシップを持つキャリアだと思っていて、その最新の理論として、変幻自在なキャリア論である「プロティアン」を提唱しています。
従来型の組織内キャリアは、組織内の昇進とか昇格とか、組織内での関係性に引っ張れています。
それだけではなくて、従業員が成功への実感を持つことや、自分の市場価値を見つめながら自分は何がしたいのかを問いかけて、自身のキャリアに関して自覚を持つことで、組織がより強くなるのです。キャリアオーナーシップを持った結果として、生産性が上がる、競争力が上がる、売り上げも上がる、このような絵を描いています。
従来型のキャリア論は、どこか自分探し的な、個人について語ることが軸になっていたように思います。そのようなフレームを私自身は考えていません。
そうではなくて、大事なのは、個人と従業員と組織の人事と経営との関係性を橋渡しすることです。キャリアオーナーシップやキャリア論というのは、組織と個人が一緒に考えていけるとても柔軟な考え方なのです。その可能性について、まずは考えていきたいです。
キャリアオーナーシップを促す新人材戦略は、「人材版伊藤レポート」の中でも取り上げられています。
伝えたいことは、人事じゃなくて人材戦略である。人事部、経営陣やそのイニシアチブを取る取締役会だったり、そういったところに任せきりにしない、人任せにしないような取り組みをやっていくべきである。という風にレポートでも言われています。
しかし、実際にやるのは難しい部分もあります。どう乗り越えていくべきでしょうか。
数百名ぐらいのベンチャーだったら比較的やりやすいかもしれません。しかし何万人規模の社員がいる中で、これまでの伝統と実績がある中で、どういう風に変革を仕掛けていくのか。このあたりが戦略的な提言になってくると思いますので、こういった場を皆さんと一緒につくりたいと思います。
今回のコンソーシアムで言うと、学び直しも大切になります。
人材を企業に閉じ込めるのではなく、副業や、能力開発の機会を作るなど様々な取り組みが考えられます。こういった取り組みが従業員のエンゲージメントを高めていくことになります。
僕が今やりたいことは、キャリアオーナーシップをしっかり自覚して、それを実践していくと従業員のエンゲージメントは上がるということの実証です。これは、感覚的にはもう間違いないと思うのですが、データとして取ってこれを実証したいのです。
ここにいる皆さんはそう思わないと思うのですが、僕が登壇などをさせてもらって多くの企業経営者、経営陣の方から言われるのが、「従業員がキャリアオーナーシップを持って自律したら、会社を辞めていくじゃないですか。」ということです。
そうではなく、キャリアオーナーシップを持って、やりがいやパフォーマンスが高い状態で働くからこそ、個人と組織の関係性もより良くなるし、エンゲージメントも上がる、このシンプルで本質的な働き方を取り戻したいと思っているんですね。
これを取り戻すことが「未来の働き方」だと思っているので、新人材戦略構築に向けた連携として、経営戦略と人材戦略を考えていきたいです。
お集まりいただいている皆さんは、人材戦略を担う方々が多く集まっていると思いますが、例えば、今日の話を社内に持ち帰ってもらって、経営陣の方々と「こんな話になってるんです。」「ちょっと出てくれませんか?」という感じで共有していただき、巻き込みながらやっていきたいと思います。
また、皆さん自身のこれからの取り組み自体もそれぞれの各社のためだけでなく、これからの日本社会の、企業のロールモデルを一つ作ってくんだっていう風に考えて頂ければ嬉しく思います。
そして、これを繋ぐのが、今回の「キャリアオーナーシップと働く未来コンソーシアム」です。経営戦略と人材戦略を繋いでいく一つのキーフレームにしていきたいと思います。
個人的には「キャリアオーナーシップ」で流行語を狙いたいんです(笑)。それくらい今の日本社会にはこれが必要だと思ってます。皆さんと共にキャリアオーナーシップを理解して、キャリアオーナーシップを自覚して、キャリアオーナーシップ的ワークをしていける人を、一人でも多く増やしていきたいなという風に思っています。
最後に、皆さんとの現在地の共有をして締めます。
私たちは、経営戦略と人材戦略を連携するために何をしたらいいかを考えるために、まずは現状分析を行っていきます。現状の課題を分析し、そこで何ができるのか、そのヒントを他社さんとの本音ベースの話の中から見つけていただきたいと思います。
皆さんは、それぞれ現場で実践されている方々です。せっかくの共有の機会なので、それを隠さずに、日本社会全体がシュリンクしてるという一つの社会問題を解決するために、「うちはこれでうまくいってる」「こんなことを導入したらいいんじゃないか」というところをそれぞれ出し合いながら、我々やモデレータの方にも入っていただいて、まとめ上げていきます。それを社会に発信していきたいなという風に思っています。
長丁場になりますが、まずは今日、そして第二回、第三回のファーストフェーズ、その後の公開セッション、まずはそこを目指し、私自身も一生懸命やってきますので、皆さんと一緒に、ゲストも招きながら、最新の知見と最新の現場、それぞれの取り組みを合わせながら、経営戦略と人材戦略を連携した新人材戦略として、働く未来像やキャリアオーナーシップを形にする、提言するところまで持ってきたいなという風に思っています。
構成:河原あずさ・西舘聖哉(Potage)