社員は会社の持ち物ではないという発想から生まれた複業・ダブルジョブ制度
御社は2016年というかなり早いタイミングで複業制度やダブルジョブ制度を発表して注目を浴びました。導入された経緯について教えてください。
河崎:弊社は、2016年4月に記者会見を開いて健康経営と複業解禁を発表しました。きっかけは東日本大震災です。当時、仙台に営業所もなかったのですが、会長の山田の「社会がこれだけ大変で、国が混乱して人々が傷ついているときに、我々消費財メーカーにできることはないのだろうか」という思いから、基金をカルビーさんと立上げて、スタッフも公募して東北支援に動きました。
この活動が、山田自身も会社の存在意義を再整理するきっかけになり、売上や財務諸表だけで会社を見るのではなくて、社会全体の成長のためにも、まだまだ弊社がやるべきアクションがあるだろうという話になったのです。そこからいわゆるパーパス経営の検討がスタートしました。
パーパス経営において会社が成長するには、社員の成長を促すことが大切になります。そこで2015年に「どうしたら社員がもっと早く成長できると思うか?」というお題で10ヶ月間検討するワークグループを公募形式で立ち上げました。2チームに分かれて検討をしてもらい、どんな会社の支援があれば社員が成長できるか発表してもらったのですが、その発表の中に「社外複業を認めてほしい」「社内のダブルジョブを認めてほしい」というアイデアが出てきました。これらは、普通の製造業の会社からするとあまり考えられないことではあるのですが、その発表を見た山田が「いいじゃない。やってみよう」と即答したのです。
当初は、ダメならやめればいいし、まずやってみようというノリでしたが、新しいコーポレートアイデンティティ「NEVER SAY NEVER」と健康経営について記者発表した際に、むしろ発表の1トピックでしかなかった複業制度やダブルジョブ制度にメディアが反応したという流れでした。当時はまだ働き方改革という言葉もなかったですし、120年の歴史を持つ製薬会社で複業の解禁と言うのが異例だった中で、注目を浴びたのです。
そのように始まった社内複業制度ですが、今、複業をしている社員の動機について追いかけてみると、複業の目的が収入補填だと答える人は0です。社会貢献や腕試し、ネットワークづくりのために実施しているとみなさん回答していて、これが弊社の中で複業制度が続いている大きな理由の1つだと考えています。
公募を軸にして経営の方針を検討した点が非常に興味深いのですが、元々ボトムアップのカルチャーがある会社だったのでしょうか。
河崎:元々、社員が意見をする文化はありました。例えばARKプロジェクトというものがあります。明日の(A)ロートを(R)考える(K)の頭文字をとってARKなのですが、4年に一度程度の頻度で、公募して開催しています。先ほどの複業解禁の流れに出てきた公募がまさにそれなのですが、その年のお題を会社が出して、10ヶ月かけて立候補した社員がチームをつくって案を練って、発表するという制度が既に存在していたのです。
これは「一番長く会社に所属するのは若手なんだから、年長者はそれを助ければいいんだ」という考え方でやっていて、若手の意見を活性化するためにやっています。確かに、人事や総務から「こう決まったからこうします」と言われるよりも、社員自身が考えたものを研ぎ澄ませて行く方が、実効性があるのではないでしょうか。
現在人事の責任者をやられている髙倉さんは、数多くの外資系企業のHRを歴任後、味の素株式会社で人事制度の改革に取り組まれていました。その後入社されましたが、どんな理由でロート製薬を選ばれたのでしょうか。
髙倉:キャリアオーナーシップが今回のインタビューのテーマですが、私がロート製薬に入社を決めた理由はまさにそれでした。山田が「社員は会社の持ち物ではない」と発言していたのを聞いて、「これを言える経営層ってなかなかいないな」と印象に残ったのです。社員の自発的な意見をすべて吸収したら、会社経営は基本的には成り立たないですし、経営トップが「社員の意思を尊重する」と言い切ってしまうところに、すごさを感じました。
経済産業省の人的資本経営の研究会にも参加していますが、議論で出てくる考え方は、山田が重視していることと根本的なところで重なると思っています。
山田は4代目ですが、脈々と先代、先々代から大事にしている価値観が弊社にはあるように思います。例えば、社員の誕生日には会社が一人ひとりにケーキを贈ってみんなでお祝いしたり、運動会を開催してみんなで楽しんだり、弊社には、社員を労働者として見るのではなくて、人間個人として尊重する文化があったように思うのです。社員数が1,600人なのですが、ちょうど全員を見渡して、個々を尊重する文化を育める規模です。
そのような背景もあって、「社員は会社の持ち物ではないし、自分のキャリアは自分で築き上げるものだから、社員一人ひとりをリスペクトしましょう」ということが言える会社になっています。
けれども、そもそも「自分のキャリアは自分のもの」と言っても、会社が社員の「こうしたい」という動機をすべて満たしていくのは不可能です。それなら、外で機会があればやればいいし、それを会社として応援しましょうというのが、複業や兼業の施策だったと私は解釈しています。
他社も経験している髙倉さんから見て、社員を尊重する経営において、一番難しい点はどこにあるとお考えでしょうか。
髙倉:前職の味の素にいたときに強く思ったことが、社員一人ひとりがパーパスを持つことの難しさです。優秀な人財が多くとも、この会社で何をやりたいのですか?と聞いたときに、即答で帰ってくる社員はそれほど多くないことです。
みなさん、入社したときには「これをしたい」という動機があったはずですが、定期異動があったり、会社の要望があったりを繰り返す中で、会社に任せておけば雇用も保証されるし、このままでいいやという発想にどうしてもなってしまったわけです。寄らば大樹の陰というか、長期雇用が保証されていると、人間なかなか自分を変えられなくなるというのを、社員と接する中で痛感したのです。
私自身は外資系も含めて25年間人事の畑にいまして、エンゲージメントサーベイもたくさんやってきましたが、日本は他の国に比べていつもスコアが低いです。ヨーロッパやアメリカと違って、日本人の多くの人がパーパスを持って働けていない環境にあることが原因だと思っています。何を実現できていれば自分はハッピーなのかという物差しがない状況で働いているということですよね。多くの方が物差しは外から与えられるものだという考えに慣れてしまっているのです。
そして最終的には、みなさん60歳で定年になります。けれど、今のご時世で、そこでキャリアを終わりにするということはありえないですよね。しかし、その後どうしますか?と聞くと、受け身でキャリアを創ってきた人ほど、次のキャリアが描けないわけです。
この状況を何とかしたいと思っている中で、山田が「社員は会社の持ち物ではないし、会社は道具だから、便利に使って下さい」と言っているのを聞いて、こんなはっきりと言える経営者がいるのかと、大きな驚きを感じたわけです。
ちょうどこの1ヶ月、次の人事異動について河崎と考えているのですが、1,600人分の情報を幹部全員で共有し一人ひとりの異動を検討しています。これがすごく大変なのですが(笑)山田がよく「どこどこの工場のだれだれさんはやる気あるし、大したものだからちゃんと見ておいてね」社員に言及していることから伝わるように、一人ひとりを見ることが会社全体の姿勢として重要視していることなのです。
ロート製薬が見据える「ジョブ創出型」の時代
社員一人ひとりのパーパスについては、どのような仕組みで見える化しているのでしょうか。
髙倉:Well-beingの考え方が軸になっている経営理念がまずあって、そこから各部署はどうしますかとカスケードして落としていき、それを元に毎年、各社員に「どういう仕事の価値をどのようにお客様に提供していくか」を言語化してもらい、タレントマネジメントシステムに入力しています。その内容を人財配置にも活かしています。タレントマネジメントシステムは、4~5年かけて、経営に自分の思いを伝える仕組みとして、言語化のサイクルが稼働し始めたので、ちゃんとログをとって管理して、アップデートするための仕組みとして導入しました。
河崎:「ビジョンシート」という自己申告のフォーマットを作成して、現場ではそれを元に上司と普段からコミュニケーションしてもらうという形をとっています。5年後にどんな仕事をしていたいか、そのために来年は何をしていたいかを記入してもらって、自分のキャリアについて考えるきっかけにしてもらっています。
ビジョンシートについては、複業解禁が火付け役になりました。例えば育児中だったり、介護中だったりする方は、やりたいと思うことがあってもなかなかできない状況がどうしてもありますが、複業解禁した途端に「育児や介護がひと段落ついたらこういうことをやってみたい」という熱量があふれてきて、シートの記入量の多さに反映されるようになったのです。これを見ると、複業解禁がトリガーになって、社員のキャリアオーナーシップが増したと言えるのではないかと考えています。
髙倉:こういう仕組みを色々な会社さんが仮につくったとしても、一人ひとりの思いを異動案にまで反映できるかというと、できない会社の方が多いのではないかと思います。弊社の場合は、私と河崎はじめ幹部全員で、1,600人分の記録をみて、こうしようとああしようと真面目に話しあっています。完全ではないですが、他の会社の人事の方にお話すると「そこまで真剣なのか」と驚かれたりします。
なぜそこまで真面目に異動案に反映させる必要があるかというと、異動を決めた後で、なぜそうしたのかを丁寧に伝えていかないと、その後の社員の成長に結局はつながっていかないからなのです。
私たちの会社では、フィードバックではなく「フィードフォワード」と呼んでいます。過去を見るのではなくて、相手の未来のことを考えて「将来こういうふうなキャリアに進みたいのであれば、こういうとこ頑張りましょうね」「こういう形で成長してほしいから、こういう配属をしているんですよ」といったヒントを提供する、コーチングの機会をつくっているのです。
ちなみに、幹部については、私と河崎さんとで手分けして、全員の面談をしています。得意領域が重なるとフィードフォワードが一面的になってしまうので、開発の方は髙倉が見る、営業の方は河崎が見る、という風に、あえて多面的になるように分担しています。
御社の中で、キャリア自律している人財は、どのように社内のポジションに配置されているのでしょうか。
河崎:何がキャリア自律なのかは特に数値化や明文化などをしているわけではないですが、「この人が適任だ」と思って抜擢登用しているので、結果として自律している社員が主要なポジションをおさえています。
髙倉:弊社の場合は、抜擢が直線的ではないのも特徴です。私がかつていたような外資の会社だと、結果を出した社員が、直線的に昇進していったりしますし、日本企業でもパフォーマンスを重視する会社は「こっちを経験してもらって実績を挙げたから次は違う部署の部長に上げようか」と言う風にしています。しかし弊社は「今課長だけど、部長にしようかな」ではなくて「ちょっと別の領域をやらせてみようかな」という感じで、斜めに異動したり横に異動したりすることもあるのです。
それは「もっと伸びるに違いない」という確信があるから、そうしています。伸びしろがあるからこそ、次にこっちの領域を担当してもらうと、5年後にきっと跳ねるだろうなという発想です。
ただ、本人からすると「営業の幹部になりたいとキャリアシートに書いてあるのに、マーケティング部のスタッフに送られるだなんて、訳が分からない」ということになりがちです。こういうタイミングで私と河崎が出て行ってフィードフォワードしないと、やる気を失いかねないですよね。
なぜこういうことをするかと言うと、山田の「人を育む目と貫く目が必要だ」という考え方があります。人を貫く目というのは例えば「この社員は、今はこういう感じだけれども、違う特徴を引き出した方がいいのではないか」「直線的に上げても、本人が満足してしまって成長が止まってしまうな」というものです。
子を育てるのと同じで、育てる「温かい目」と、親としての「厳しい目」を持たないと、その人の可能性は見えてこないということなのです。製薬会社だけに、違う要素を調合することで、化学反応を起こそうという発想があるのかもしれません。
ただ、この抜擢登用も、人によってできる・できないというのはあるので、個別に登用計画をつくるしかなくて、2人で力尽きそうになりながらやっています。
河崎:「能力はまだまだ隠れているでしょう。みんな100のうち30くらいしか能力出していないのでは?」という発想でそのような人財配置をしています。当社はどこよりも「社員一人ひとりをリスペクトし、そのポテンシャルを信じる会社」であろうとしています。だからこそ、社員を否定するわけでもなくて、配置を通じて、まだみんなは伸びるよというメッセージを発しているのです。性善説的な発想ですが、機会とチャンスを与えることで、そのポテンシャルはもっと引き出せるよという考え方をしていますし、それを引き出すことが、経営や人事の一番の醍醐味だという考えがあります。
大手のグローバル企業と違い、100点に近い人財ばかりが集まっている組織では決してありません。事業を成長させるには、個人の伸びしろを考慮した上で組織をつくっていく必要があります。そのため、弊社では100点満点の組織をつくるのではなくて、次の人財を伸ばしていくために、70点、75点という感覚で組織をつくって、その組織を80点、90点に上げるにはどうしたらいいかを考えて、施策を実行しています。そして、100点に近くなったら組織はばらけさせて、また70点75点の組織をつくって、成長を促していくというサイクルを繰り返しているのです。
そうなると、経営や人事がちゃんと人財の成長にコミットしないといけなくなります。そのため髙倉も僕も大変なのですが(笑)そうしないと会社がダメになるという発想がロートにはあると思っています。
髙倉さんは外資の出身ということで、もっと効率的にお仕事をされているのではという印象が取材前にはありました。正直、非常に手のかかるプロセスを回されていることが意外なのですが、何が髙倉さんのモチベーションになっているのでしょうか。
髙倉:外資系から味の素を経て現在の会社に入ってきたので、カルチャーフィットも踏まえ、将来型の施策を考えています。今までは先駆的とされる取り組みを色々な会社でしてきて、例えばジョブ型人事制度も、あまり世の中で知られていない時期に導入しましたが、それはそれで正しいと思ってやってきたけど、そろそろジョブ型の次の時代が来ると思っています。
必要なのは「ジョブ創出型」の雇用制度だと考えます。
例えば、勤務した外資メーカーではピラミッドの母屋がつぶれるとわかったら、新しい事業を立ち上げて、小さなピラミッドを周りにつくっていくのです。メインの薬で儲けていても、将来は後発薬になるので、ピラミッドの母屋が小さくなることは明らかですよね。そういうときに、例えば循環器の薬で収益立てていたけれども、隣にガンの薬をつくって、人も移していくという風に、母屋の移行を進めていくのです。小さくなった母屋から新しい建屋に事業転換します。
この流れは、動的人財ポートフォリオと呼ばれていますが、なかなかできるわけではないことも事実です。変化が遅かったり、人が育たなかったりすると、変化が間に合わずに、母屋がつぶれかねないからです。
いずれにしても大事なのは、将来の仕事(ジョブ)が生まれ続けることです。そして、誰が仕事をつくるかといったら「人」です。「人」がワクワクドキドキしながら「よしやってみよう」と思わない限り、仕事なんて作れないですよね。その動機を生み出すエンジンをつくることが人事の仕事だと思っています。
新しい仕事を生み出す組織になるために、人事として大事にしていることは何でしょうか。
髙倉:新しい事業をつくれる素養のある社員を現業から剥がすことです。
新しい仕事、つまり事業を生み出すための着想は、既存のものをやっていても、全然出てきません。けれど、既存のことをやっている方が心理的には安全なので、放っておくと優秀な社員が現状維持に傾きがちなのです。
既存から剥がすという観点でいえば、複業や兼業は、新しい着想を社員が会社に持ってくるためにも、有効に働いています。オープンイノベーションの時代になって、新しいものは1社ではもうつくれないですし、外に出ていく人を育てていかないと新しい仕事は生まれていきません。だから会社が外に出ていくチャレンジの背中を押すことは、当人のためでもあるし、会社の将来の進化のためでもあるのです。これが人的資本経営の本質だと私は思っていますし、日本企業にとっても大きなヒントだとも思っています。
新しい仕事を創る人も、深める人も、どっちがえらいということではなくてそれぞれの特性の話ですし、両方必要だと思っていますし、だからこそ双方がお互いをリスペクトすることが大事だと考えています。
河崎:特に若い世代の人たちの目が社外に向くかどうかは、ロートの未来に大きな影響を与えると考えています。一般的に、イノベーションが社内で起きない理由は、①「社外を知らない。」、②「極端な自前主義」が挙げられます。若い社員達がどんどん社外に目を向け、飛び出し、こすれ合って欲しい。そこから新しい創造的発想が生まれてくると思っています。
これからの会社は、社外のことを知らないと、次の一手が打てません。ミッションやパーパスを大事にしつつ健康な社会をつくるために、異分野のことにも挑戦していますが、それは複業や人事制度が、一本の筋の通った狙いの元で設計されているからだと感じています。
今、仕掛けている施策に社内起業家支援プロジェクト「明日ニハ」があります。年齢問わず、Well-beingにまつわる事業領域に関する事業アイデアを社員にプレゼンテーションしてもらい、ARUCOコインという健康社内通貨で資金調達していきます。いわば、社内クラウドファンディングのプロセスです。
これは社員全体が、起業家精神を持つ社員に関与して、応援する仕掛けとして、3年前から取り組んでいます。そうして社員が社長になり、社員が出資して会社が立ち上がっていて、例えばオンライン料理教室や、クラフトビールの事業、目薬の廃容器からサングラスをつくる事業などが、社員発で生まれています。今は3つ合同会社ができていて、更に活性化したいと取り組んでいるところです。
髙倉の言うジョブ創出型というのは、単なる事業の多角化ではなくて、人が成長することに深く関わるプロセスだと思っています。
社員一人ひとりと向き合うことが組織の成長につながる
自律した人財を増やすために今後強化したい取り組みを教えてください。
髙倉:上司と部下がちゃんと対話できる環境を整えていこうとしています。今は、幹部が直接出ていって社員と対話していますが、先ほど申し上げたような「人の目利き」を、各部門長ができるように変えて行きたいのです。
いつまでも私たち幹部がやっていると、部門長が育っていきません。もちろんできる方もいるのですが、人の資質に着目してコーチングできない方も中にはいるので、そこをきちんと育てていきたいと考えています。
投資家などのステークホルダーへはこれらの人事施策についてどのように説明されていますか。
髙倉:ステークホルダー向けには「Well-beingレポート」というものを出していて、去年から人事の施策についても体系立ててページを割くようにしています。プライム市場にだしていくとなると「人的資本経営と言っているけれども、具体的に御社は何をやっていますか?」と当然聞かれますし、サステナビリティについて発信する際にも人の話は絡んできます。私たちが何のためにどういう思いで何をやっているのかということを、もっとステークホルダー向けに発信していく必要があると認識しています。
また、このあたりの話は、河崎が担当している採用にかかわるHRブランディングの文脈でとても大事にしていますし、弊社独自の思いや事例もあるので、ちゃんとストーリーとして戦略的に発信しようとしています。
「人の目利き」というキーワードがすごく印象に残りました。これは御社の人的資本経営を考える際の柱だなと感じています。この「目利き」に最も大事なものは何だとお考えでしょうか。
河崎:弊社では経営理念が明確に言語化されていますが、そこと照らし合わせた時に同じ方向を向いていて、一緒の船に乗れる同志になれるのかを意識してみています。いくらポジティブで、能力高くて、経験豊富な方でも、反対方向とか違う方向に向かれている方を船に乗せると、困ったことになってしまうわけですね。年齢とか立場に関係なく、個々人の見ている方向性については、しっかりと見るようにしています。
髙倉:私も同意見です。「ビジョナリーカンパニー」という本に「正しい人をバスに乗せることが大事だ」という一節がありまして、これが忘れられないのです。能力とかスキルとかは関係なくて、自分のパーパスと企業のパーパスがどれだけシンクロしているかが大事だと考えています。
私がかつて所属していた会社のグローバル人事の方と採用について話す機会があったのですが、その方は「能力や実績は調べられたり、人に聴けばすぐ分かったりするから、面接では聴かない。むしろその人がどんな思いで働いているかと言う価値観が大事だ」とおっしゃっていました。だから面接の際には「部下を面接するときにあなたはどのようなことを聴きますか?価値観について聞くときに、どのようなことを大事にしますか?」という質問をして、相手の価値観を確かめるそうです。
それを聞くと、個人のパーパスをしっかり見ていくことが、全世界的にも大事になってきているのだろうなと改めて感じます。会社のパーパスと個人のパーパスがズレていたらウェルビーイング経営はうまくいかないですし、しっかりとそこを見定めていく必要があります。
もう1つ付け加えるならば、繰り返しにはなりますが、やはり1人の人間として「人間の誰それさん」という風に社員を見て、きちんと向き合うことが大事だと思っています。ドライに「社員=働き手」としてみると、成果をあげさえしてくれればそれでよくなりますが、「人」としてみると、一人の仕事人としてどう育っていってほしいかという思いを軸にして相手と話せるようになりますし、これが「育てる目」「貫く目」につながるわけですね。
そのような話を聴いて、弊社の状況と照らし合わせると、会社と社員のエンゲージメントを高めていくには、これからますます、人として社員一人ひとりと向き合っていくことが大事だと思います。
ただ、これはまだ、全てのマネージャーができていることではなくて、主要な社員については特に私たちが1on1するようにしています。キャリアビジョンシートも同様で、ちゃんと目利きのある人にみて頂く必要がありますし、そうでないと逆に社員を囲い込むような行動にも、まだまだつながりかねないと思っているので、公開範囲をまだしぼっている状態です。理想を言えば、すべてのマネージャーに見て頂きたいのですが、先ほども申し上げた通り、そこはまだまだ育てているステップですので、これからだなと思っているところです。
構成:河原あずさ・西舘聖哉(Potage)
イラスト:松田海
企画:伊藤 剛(キャリアオーナーシップ リビングラボ)