経営と社員をつなぐ「ロマン」と「30年キャリアプラン」
ニトリ流のキャリアオーナーシップ施策を象徴する言葉として「ロマン」や「30年キャリアプラン」といったものがあります。人事部としてどのように、これらの施策に取り組んでいるのでしょうか。
永島:弊社では、いわゆる経営理念を「ロマン」と、そして数値目標含む中期計画を「ビジョン」と呼んでいます。この「ロマン」を弊社の社員は大切にしていて、社員全員が年2回、「30年キャリアプラン」を策定して、それぞれが自分の働く意味をちゃんと見つめる機会があります。
一般的に、中長期計画は創業者や経営サイドは持っていますが、1年単位で評価される会社員はなかなか持てないものです。ただ、経営だけが中長期計画を考えている状態だと、それぞれの社員が違う絵を持ったまま働く組織になってしまいます。そうならないように、自分たちは社会のどのような課題を解決して、結果としてどうあらわれるか、そのために会社をどのように活かしていくかを、言語化していくことを大切にしています。
そのような背景から、未来の会社の状態を「ロマン」や「ビジョン」として言語化して、社内外に発信しています。ロマンは「住まいの豊かさを世界の人々に提供する。」というもので、ビジョンは「2032年までに、3,000店舗 売上高 3兆円へ 世界の人々に豊かな暮らしを提案する企業へ」というものです。
このロマンやビジョンを発信して社員に対して「面白そうでしょう?」「みんなやってみたいよね?」とメッセージを出しながら、社員それぞれが言語化したやりたいこととつなげていくことが人事の仕事だと思っています。
普通に経営しようとすると、一般の企業というのは、直近の売上や業務のために人材を配置したり、未来の目標と言いつつ、来年の売上目標の話をして終わったりすることが多いです。弊社では、直近の業績を考えるのは当たり前のこととして、もっと先の会社や社員の未来の姿を描きながら、今どんな価値を生み出していけるのかをつないでいくことが大事だと考えています。
トップの発信するロマンに強い共感を持って、自律的に多くの社員が仕事に取り組めている最大の要因は何だとお考えでしょうか。
永島:やはり鍵になっているのは、30年キャリアプランの策定です。年に2回、30年先のことまで自分で考えて、自分で書いて言語化していることだと思っています。
言語化された社員1人1人のロマンを見るときに大事にしているのは、その人たちの好奇心や価値観です。成し遂げたいことに向かって行動ができている状態がニトリにとっての「自律」なのですが、そのベースになるのが30年キャリアプランなのです。
キャリアプランのシートを埋める際の1問目の質問が「社会課題としてどのようなことを解決したいのか」というもので、SDGsの項目から選択します。そこから、どういう価値を発揮していきたいか、ニトリの中でやるとしたら30年後どこで何をやっているのか、その未来に向けてどういう自己育成していくのか、会社に臨むものは何か、と順番に聞いて、言語化を進めていきます。
この30年計画は毎回書き換えるものでもなく、徐々にアップデートしていくものですが、このような問いかけを年に2回行って、内省して考えてもらうこと自体が大事です。会社のマネジメントもちゃんとそれを見るようにしていますし、それだけ本気で向き合う社員に対して、ちゃんと会社の姿を示していかねばという自覚がマネジメントにも生まれて、いい連動が起きていると思っています。
社員がどれだけ自律しているかは、どのように可視化しているのでしょうか。
永島:評価の基準の中に、自律人材の要件を含めて、評価を追うことで見るようにしています。具体的には、賞与は業績評価で決めるのですが、昇進昇格につながる年間の評価はコンピテンシーでみるようにしています。
人事が社員にリアルでコンタクトできるのは、年間通じて平均数日に過ぎません。一方で、評価者である上司は年間200日以上行動を見ています。その行動の中で自律しているかは見えるものですし、評価者の行動評価が参考になると考えています。日々の行動に関して適切に評価いただくことで、社員全員が「自律しよう」という方向に向かうのではと思います。
ビジョナリーな組織には、上位職の方のリーダーシップが不可欠ですが、どのように組織のリーダーを育成しているのでしょうか。
永島:ニトリの中でのリーダーを「ビジョナリーリーダー」と呼んでいます。ちゃんとビジョンを自分で持って、それを相手に伝えたり、相手のビジョンを考えるきっかけを与えたりできる人と定義しています。
弊社では3年目でパート社員の方を部下に持つタイミングなのですが、そこを起点にして5年おきに、ビジョナリーリーダー研修を受けて頂いています。階層によって中身はアップグレードされているのですが、共通しているのは、最終日にそれぞれのロマンをプレゼンテーション頂くことです。
元々は、最初に部下がついたときにどうしたらいいのか分からないという声が上がり、外部の力も借りて研修化したものですが、その評判が上位職にも伝わって「自分たちにもやってほしい」という声があがり、どんどん社内に広がっています。ちょうど、今年、部長職向けの研修が出来上がりました。
今では、この研修は内製化されていて、社員自身で運営しています。それくらい「30年キャリアプラン」や「ロマン」を語り、発信していくことが重要だと社員に浸透していますし、それが会社のロマンとのつながりを日々意識する大事なきっかけになっていると考えています。
タレントマネジメントシステムが実現する戦略的配置転換
キャリア自律人材を増やすための施策として、タレントマネジメントシステムを導入されていると聞いています。導入された背景を教えて下さい。
永島:タレントマネジメントを入れたのは3年前です。30年キャリアプランはもちろん、資格や経験、評価、研修の受講履歴など、社員1人1人のあらゆるデータから、本人も気づいていない自分の適性を見出し、本人に向けて提案できるようにしようと導入しました。
なぜ導入したかと言うと、事業の規模が広がり、社員数が増えてきて、言語化を綺麗にしなくても社員が何を考えているのか分かっていたフェイズから変わってきたというのが大きな理由です。「分からなくなってきたフェイズに入ったことが分かった」ことがきっかけで導入しました。
タレントの多様性が増して、全体を把握しきれなくなったという要因が大きいです。事業が多様化する中で、色々なタイプの方が入社するようになりました。昔は家具が好きとか、力仕事が得意とか、そういう方が入社していたのですが、2032年のビジョンを発信する中で、ITをやりたい方や、海外事業をやりたい方など、一緒にビジョンを実現したいという方が増えてきました。直の上司が、それまでの弊社とは違うタイプの社員の価値観やスキルを的確に捉える上でも、システムの導入は必要だったのです。
またこのシステムは、会社側がどんなことを考えているのかを伝えていけるように、メディアとしての機能も持っています。毎週、キャリアに関する番組コンテンツを人事部から配信しています。ちなみに、KPIは視聴率としていて、社歴何年の世代の人にどれくらい見てもらえたかと言うのを、作り手の責任として追うようにしています。どんな思いで働いているか、高い頻度で視聴している社員に直接コンタクトして話を聞いたりもしています。
導入してみて、一番大きな変化はどのようなものでしょうか。
永島:もちろん一番大きいのは、人事部が、1on1の結果や30年キャリアプランなどのデータをちゃんと見て分析しながら、過去評価だけによらない配置転換ができるようになったことです。
一方で、大きな副次的な効果もありました。組織のコミュニケーションの質が上がったことです。
弊社は配置転換が多く、上司も部下も頻繁に変わる組織です。結果、部下に直接聞かないと何をしてきたか、そしてこれから何をしたいのかも分からずに、コミュニケーションに困ることがあったのですが、タレントマネジメントシステムが導入されることで、それぞれが今まで何をやってきて、将来何をやっていきたいのかという情報をベースに、コミュニケーションを築けるようになりました。
上司も、部下がそれぞれ描いているキャリアプランがまず前提となって、現在やっている仕事の意味や、未来のやりたいことにどうつながっていくのかが説明しやすくなりますし、つながりが見いだせなくなったら、配置転換を促せばいいわけです。そこがだいぶ分かりやすくなった印象があります。
HRテックもだいぶ広がりを見せており、システムを入れるところまではできたものの、実際のキャリア意識の醸成や、人材流動化にいかにつなげていくかに課題を持っている会社も少なくありません。御社の場合、なぜうまくいっているのだと感じていますか?
永島:異動を前向きに受け入れる文化が元々あり、システムを導入することでより精度が高まったということだと考えています。
実際に入れてみて分かったことは、元々できていないことは、DX化してテクノロジーを入れても、できるようにはならないということです。弊社の場合、エクセルの表などを見て手作業でやっていたことを、テクノロジーを使って促進したから上手くいったのだと思います。とりあえずデータを集めてから「何をやろうかな」と考えるのでは、なかなか組織は変わらないですよね。
最近、情報システム部門に異動したある社員の例についてお話します。この社員は、過去の経歴やスキルを見ると、非常に数字に強いという特性があり、IT部門に配置転換しました。結果、どうなったかというと、それまではITスキルがなかったのですが、1からプログラミング言語を勉強して、どんどんスキルアップしているのです。元々の特性として、裏にある仕組みが好きで、現状を変えようというモチベーションがある方でした。そのような人材が後からスキルと言う武器を身に着けられれば、IT人材として通用するようになるわけです。
このようなケースの場合、当人に対して、データを元にしてきちんと適性を判断して配置転換しているのだという説明をメリットも含めてきちんとすることが大事ですし、丁寧に説明することで異動に前向きな文化が形成されるのです。
社員の描くキャリアプランとはギャップのある異動も時には発生すると思いますが、どのように対処しているのでしょうか。
永島:まず前提として、社員1人1人が30年キャリアプランを通じて幅広く自分の描いているキャリア像を会社に報告しているので、配置転換についてもその流れに沿うケースが多いです。
ただし、例外が2つあります。1つは「明らかに他の才能があるから別の方にいってもらう」ケース。もう1つは「どこに配置するのがいいのか確信が持てないから、いったんこの方向で頑張ってもらう」ケースです。
前者の場合は、理由が明確なので説得しやすいですが、後者の場合は、不本意な配置転換ととられるケースもあるので、きちんとコミュニケーションをとる必要があります。しかし、トップも含めて「社員に向き合って育成も意識して配転しています」というメッセージを出しているので、ネガティブにとらえる人がそこまで多くあらわれない傾向があります。
これだけの数の社員がいると、アピールの少ない社員というのもどうしても出てきます。ただ、みなさん、言葉にして頂くと、ちゃんと思いが出てくるのです。
大事なのは、人事部門がちゃんと、社員1人1人のメッセージを受け取っているのだとしっかり伝えることです。鏡のようなもので、人事部がサイレントになると、社員も我々に対してサイレントになるのです。配転も、制度の変更も、どういう理由でそれができたのか、どうなってほしいのか、どういう人に活用してほしいのかを、背景も含めてちゃんと説明していくことが大事だと思っています。既に活躍している社員の場合でも同様で、人事がちゃんとコミュニケーションをとってくれていると思わないと、みんなメッセージを出さなくなってしまいます。常に、適切なフィードバックを与えていく必要があるのです。
フィードバックを与えていくには、人事部はもちろんのこと、直属の上司の方の影響力も必要だと思います。中間管理職に対しては、部下にどのようにキャリア支援をするように働きかけているのでしょうか。
永島:人事主導で配置転換をまわしていると、上司が受け身の姿勢になってしまうケースは確かに出てきます。しかし「うちの部署にいる間は活躍してほしいけど、その後は人事の仕事だよね」という態度では、部下のキャリア自律は促せません。評価のところでも申し上げた通り、日ごろ部下に接して行動を促していく存在は、1年のうちわずかにしか接点を持てない人事ではなくて、直属の上司なのです。
上司からのキャリア支援を促す施策として、1on1を制度化して導入しています。1on1の頻度も定めて、ログをきちんと残してもらいつつ実施しています。
1on1のやり方については「ニトリ流1on1 15のルール」という決まり事を定めて、動画付きで発信しています。内容については、コーチングの本などに書かれている一般的なものですが、その中でも「うちの社員は比較的苦手そうだな」という部分を抜粋して「こうやってね・これはやらないでね」という形で発信しているのです。
もともと、小売業のオペレーションから弊社の管理はスタートしているので、指示命令がコミュニケーションの軸になる上司が少なくありません。もちろん、日常業務を回す上では指示命令でいいのですが、意見を出し合う場面や、1on1の場面では「15のルール」を守ってコミュニケーションを取りましょうね、と発信しています。
例えば「7割は部下にしゃべってもらう」というルールや「結論を出さない」というルールがあります。自律を促すには、ティーチングをするのではなく、いかに主体的に言葉を部下から引き出すかが大事ですが、特に経験がある社員ほど、どうしても自分がしゃべりたくなって「こうしたらいい」と言う風に教えたくなってしまう傾向があります。それに対して「ちゃんと聴いてください」「結論を出さないで下さい」とルール設定して意識づけをしているのです。
1on1の対話は言語化を促す材料でしかなくて、その後で自分で結論を出すことが大事です。上司はみんな、自分がいい結論を出して、部下から「さすがですね!」と言われたいものですが(笑)「その場で結論を出さない方が、近い将来感謝されますよ」という風に、みんなを説得しています。
変化に柔軟な文化から生まれるニトリ流キャリア自律
チャレンジングなロマンを掲げる中で「製造物流IT小売業」というかつてないスケール感に事業が変化しています。事業の持続的成長と社員1人1人の好奇心や価値観をつなげる上で、今後強化したい取り組みについて教えて下さい。
永島:ニトリは、業務領域を深めながら成長してきた会社です。商品ラインナップ1つ見ても、元々小さな家具屋からはじまりましたが、雑貨類や家電に至るまで、どんどん拡充しています。物流も、元々はメーカーからの配送だったのが、今では原材料の手配まで自社で取り組むようになり、自社流通を整備してお客さんの部屋の中まで届けきるようになりました。
そのような経緯をみても、元々は深めるのが得意で、どこまでも深めていこうというのが組織のカラーだったことが分かります。ただ、今では、次のフェイズに来ていると捉えています。グローバルやテクノロジーというキーワードがある中で「深める」だけではなく、新しい方向へと「広げる」施策が必要になっているのです。今の組織としての課題は、横への広げ方で、経営陣もそこをずっと議論しています。結果、ようやく一昨年前から「広げる」ための組織体制が整ってきました。
今後の成長の鍵になるのが、社員の好奇心を軸にした新しい領域への「探索」だと考えています。うまく行きつつある例が海外進出です。おかげさまで今年、マレーシアとシンガポールに進出できましたが、これだけのスピードで実現したのは「早く実現したい」という社員の雰囲気が後押しになっているからなのです。
海外進出に絡めて言うと、グローバルの物流に関しては、今後つくっていく必要があるものです。本来なら経験のある中途社員を採用して補うところかもしれませんが、弊社では国内で業務をうまくできて再現できそうな人間をきちんとデータを元に見つけて、早い段階から育成していくということが、できるようになってきました。採用もおかげさまで順調で、人材は揃いつつあります。
そうなると次に重要なのは、チャレンジングな会社のロマンを実現するために、ステージをどう広げて、社員の活躍の場をつくっていくかです。それを実現するためには、人事と経営の連動性を引き続き高めていかねばと考えています。
永島さんの言う「ニトリ流」という言葉がとても印象に残ります。そこに御社ならではの施策を実行できる鍵があるように思うのですが、ニトリ流人材育成の鍵になる御社のカルチャーの根幹は、何だという風にお考えでしょうか。
永島:色々ありますが、一番顕著なのは「変化に対して柔軟なこと」だと思っています。
ニトリは増収増益を重ねていますが、その裏で社内向けの数字として、毎週決算をして数字を追っています。その数字を見ながら、お客様のニーズの変化を日々感じとり、様々なことを電光石火で変えていっているので、新しいことを始めるのも、伝統的なことを止めるのも決断は早いです。
ビジネスの領域が広がる中で、必要な人材像もどんどん変化しています。すると、昔は大きな声でみんなを鼓舞するようなマネジメントで良かったけど、今は若手の意見を大事にしながらオペレーションをまわしていくのがマネジメントの仕事になるわけです。それを管理職に伝えると、受け入れて変わることができる方が多いのです。そのような柔軟性があるから、様々なビジネスを新しく立ち上げたり、コロナ禍という大きな環境変化にも即時に対応して、増収増益に結びつけることができたりしているのです。
なぜそのような人材が育つのかというと、レジリエンスが強く、外の環境が大きく変わっても、対応できるからではないかと感じています。社員はみなさん必ず店舗を経験してから他の部署に配属されるので、ビジネスというのは簡単ではなくて、いろんな要素があるということが現場の肌感覚として磨かれるのではないでしょうか。30年先の未来から逆算した仕事を推進する一方で、ビジネスはそう簡単に上昇カーブを描けるものではないということも、1人1人が理解できているのです。
弊社では、自分のキャリアを生きて活躍できる人がどんどん増えている印象があります。単純な小売業の人材像というよりは、仮説をつくってそれを検証する、製造業や情報系の会社に多いタイプの社員が多いですし、結果として会社の向かいたい方向性と自身のできることを結びつけることができているのではと思います。
この数年間、人事としては、社員1人1人が「自分のやりたいこと」「自分ができること」「会社が向かう方向」を重ね合わせたときに、その3つがちゃんと一致できる環境を提供しようと意識し続けています。キャリア自律はこの成長環境の軸になるものですし、社員に対してより多くの機会を提供するために、いい環境づくりに引き続き取り組んでいければと考えています。
構成:河原あずさ・西舘聖哉(Potage)
イラスト:松田海
企画:伊藤 剛(キャリアオーナーシップ リビングラボ)